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ある大学生の日常をエッセイ調にかっこつけて書く。

ケベックシティ冒険譚

 

   そろそろ、今まで書いていなかったことを書こうと思う。それは、ケベックシティへの一人旅の話だ。

 今回のプログラムでは、二週間目の週末に、それぞれがオプションでアクティビティーを選んで参加できるようになっていた。ナイアガラの滝旅行、ネイチャーアクティビティー(豪雨ともろもろの事情により「ヘルアクティビティー」の様相を呈していたという)、ホームステイ体験、そして宿泊先にとどまって自由行動、の四つから選ぶことになっていた。わたしは最後のものを選んだ。こんなにたくさんのものからよくそんな地味なものを選んだ、と言われたが、「自由行動」ほどすばらしいものはない。何処にだって行けるのだ。他の自由行動メンバーはモントリオールでショッピングやミュージカル鑑賞をしていたが、わたしが黙ってモントリオールに滞在し続けるはずがない。独りでケベックの州都ケベックシティ行きを敢行したのだった。


 だが、その道のりはなかなかハードだった。いや、ハードではない。単純にいろいろな事情がかさなって、ピンチピンチの連続だったのである。

ケベックシティに日帰りで行ってもいい?」と現地人モニターに尋ねたら、実力者Kに話を通してくれ、案外二つ返事でオーケーが貰えた。その交換条件は、「いつでもつながる携帯電話を用意すること」だった。「SIMカード」を入手すればそれができる、と聞いたので、わたしは早速SIMを入手した。
 出発は値段を考慮した結果朝の六時だったから、朝の五時には宿舎を出ねばならない。そこで四時三十分頃に起床し、シャワーを浴び、出発の一五分前くらいにSIMカードを携帯電話に入れた。愕然とした。「このSIMカードは無効です」と来たもんだ。実は日本の普通のiPhoneは海外のSIMカードに対応していないらしい。それを知らぬままにいれ、しかもエラーの内容の意味もわからない。
 そうこうしているうちに出発の時間が来た。わたしはとにかくビニール袋にもって行くものを入れ、部屋を出た。ホテルを出て雨が降っているのを感じ、気づいた。傘を忘れた。だが時間がない。そしてバスターミナル行きの市バスに乗り、気づいた。チケットの紙を忘れたのだ。このたびばかりは死ぬかと思った。だが、見送りにきてくれていたモニターのティムが、メールでチケットのデータが来ているんだから、そのメールを見せればのれるはず、という思慮深い発言をし、ことなきを得ることになった。本当に感謝しかない。焦りは禁物だ、とわたしは胸に刻み付けるのだった。

 

 そんなこんなで、わたしのケベックシティ一人旅は最悪のスタートを迎えた。バスの中で読もうと思っていた本も忘れ、なぜか前日に友だちから選別として渡されたベーグルとクリームチーズだけが袋に入っているという有様。イアフォンがあるのにiPodがないという失態。加えてバスの旅は三時間もかかるのである。まるで、ゴジラに新聞紙を丸めた棒で挑むような気分であった。
 だが、何が幸いするかわからない。何も娯楽がなかったこと(途中でバスにワイファイが入ることに気づき、スマートフォンからラジオアプリに入って、そのラジオを聞きながらバスに乗っていたから、三時間無娯楽の状態だったわけではないが)がバスの旅の醍醐味を味わわせてくれたのである。宿舎を出たときまだ暗かった空が明らみ、バスに乗って早々はねていた乗客たちが徐々におき始める。みんなそれぞれ盛っている朝食を食べ、窓の外を眺める。それは電車の旅では味わえない良さだった。ヨーロッパに行った時、六時間ほど電車に乗り続けていたことがあったが、電車だとやはり、どこか個人個人が分かれて座っている感じが強い。だがバスのような人が密集している場所だと、なんだか共同生活をしているような感じがするのだ。別に誰かとしゃべったわけではない。しゃべったとしても、「このバス停がケベックシティですか?」程度の会話しかしていない。だが、あの乗客たちと同じ朝を迎え、同じ行き先へと向かっている。そんな不思議な連帯感が生まれたのだ。あの独特な雰囲気は、ぜひまた味わってみたいなと感じた。

 

 ケベックシティには予想よりも早くたどり着いた。
 バスターミナルで町の地図を貰い、外へ向かう。手荷物はビニール袋だけ。簡素な一人旅の始まりである。
 が、外に出てみて愕然とした。全く方向感覚がつかめないのだ。バスターミナルの場所くらいは一応確認していたが、どちらにいけば町の中心である旧市街へと行けるのか、全くわからない。日本にはありがちなけばけばしい「おいでませ、旧市街」というような看板もない。ただ、だだっ広い道路があって、そこを車が走っている。しかも、朝の九時頃のため、人が極端にいないのである。わたしはとりあえず道を歩いている人に旧市街の場所を聞いた。
「この道を歩きなよ。そうすれば多分旧市街につくよ。ごめんな、俺はカナダ人じゃないんだ。でも、つくよ」
 道を聞いたおじさんはにこやかにそういうと、レンタサイクルの店へと吸い込まれて行った。わたしは言われた通り歩いた。そうするとどうだろう、確かに旧市街らしきところについた。だが、人がいない。どうしたものかと思って歩いているうちに、だんだんと地図上のどの地点にわたしがいるのかがわかり始めた。そこは旧市街でも「ロウワータウン」と呼ばれる、崖の下側の場所だった。旧市街の本体は、崖の上、すなわち「アッパータウン」にあったのである。
 しかしロウワータウンもロウワータウンで、なかなかよい場所だった。閑散としているが、落ち着いた雰囲気があり、観光客のこない旧市街、というような雰囲気があった。そこには確かに人がいきていた。こじんまりとした教会があり、町にはアートが飾られていた。それはそこか、リヨンの町並みにも似ていた。リヨンを訪れた時は、旧市街の山の頂上にあるユースに宿泊したが、その近くは似たような感じの静かな町並みがあった。エキサイティングとは言えないが、そこには独特の風格と良さがある。


 首折り坂という強烈な坂を上ると、巨大な塔が見える。それがケベックシティのランドマークであり、ホテルとしても使用されている城館だった。今では一階にスターバックスが入っている。その建物の前には巨大なサミュエル・ドゥ・シャンプラン像がある。シャンプランはフランス人探検家で、ケベックの地にフランスの植民地を建てた、いわばカナダの父だ。像のあたりは広場になっており、大道芸人がパフォーマンスをしていた。ラテン語、フランス語、英語、そしてなんと中国語の歌を歌いこなす女性、巨大なフラフープをまわす男など、いろいろな人がそれぞれの芸を見せていた。そこはロウワータウンとは違って、朝早いのにもかかわらずかなり盛り上がっていた。まるでお祭りである。

 

 しばらくして、わたしは旧市街をいったん出て、新市街からバスに乗って、「滝」を見に行くことにした。その滝はティムとは違うモニターが教えてくれた滝で、正直言えば、「写真とって来てよ」と言われたから、まあ一応いくか、程度の思い入れしかなかった。たまにはおすすめの場所にいくという旅もいい、と思ったということもある。滝の名前は「モンモランシーの滝」。わたしは市バス800番に乗り、「モンモランシー」というバス停で降りた。
 これが間違いだった。モンモランシーは、ガソリンスタンドしかないへんぴなバス停だったのだ。この近くにあるのか? そう思いながら歩いてみるも、照りつける太陽の暑さに気がめいってくる。それに、見るからに滝がなさそうな場所なのである。わたしは通りの名前を確認し、地図を見た。案の定、明らかに違う。もっとバスに乗っていなければいけなかったようだ。わたしは次のバスを待ち、今度は間違うまい、と運転手にこう尋ねた。
「Je veux aller à la chute de Mont Morency(モンモランシーの滝にいきたい)」
 フランス語を使ったのは、フランス語話者がモントリオールよりも多いと聞いたからだった。
「Ten minutes(十分くらいだよ)」
 なぜだろう、運転手はすぐに英語で返してきた。
 なんとなく屈辱を覚えつつ、席に着いた。だが不安は募る。一泊する旅立ったら別にいい。だが今回は日帰りだ。もしたどり着けず、戻ることもできなかったら? そう思うと不安でいっぱいになった。運転手はバス停の名前を言ってくれなかった。だからわたしは後ろの席の女性に尋ねた。
「滝に行きたいんですけど、どこでおりればいいかわかります?」
「ごめんなさい、カナダ人じゃないの」
 どうやらこの町にカナダ人はいないらしい。わたしは仕方なくバスの運転手のところへ行き、バス停の名前はなんて言うんですか、と聞いてみることにした。というのも、予定の「十分くらい」がもう過ぎていたからだ。
「バス停の名前………うーん、多分モンモランシーの滝じゃねえかな。後十分くらいでつくよ」

 この辺りで何かがふっきれた。もう、このままバスに乗っているしかないじゃないか。そのうちつく。多分つく。つかなかったらつかなかったでいいじゃないか。わたしはとりあえず席に着いて、窓の外を眺めた。あいかわらず、カナダの土地は広かった。
 しばらくバスに揺られていると、運転手が親切にも
「ここが滝だよ」とアナウンスをしてくれた。わたしは運転手に礼を言って、バスを降りた。
 だが、降りてみても滝がどこにあるのかはわからない。とにかく公園らしきところに入ると、昔の土塁のようなものが広がる平原に出た。その平原を少し歩いたところに東屋があって、何やらそこにたくさんの人がいる。もしやと思ってそちらへ向かうと、そこは滝だった。
 義理のつもりで来てみたが、その滝は予想以上のすごさだった。轟音と、流れ落ちる水の塊は、圧倒的な自然の力を見せつけていた。そんな力強い姿を見せる一方、滝と水面の間にはくっきりとした虹がかかっていた。滝は東屋から見ることができるだけではなく、そこから長い階段を下りて、真下から眺めることもできる。せっかくだ、行ってやろうじゃないか。わたしはそう思って階段を下り、滝の真正面にある舞台へと向かった。
 そこは圧巻そのものだった。水が吹き付け、シャツも眼鏡もズボンもずぶぬれになった。風が吹き付け、滝の威力を物語る。わたしはただただそこに立って、水が落ちるのを見ていた。

 その後公園で寝そべったり、滝を吊り橋から見下ろしてみたりして時間をつぶし、正午頃にわたしは再びケベックシティの旧市街へと戻った。時間が時間なだけあって、町には活気が生まれていた。なかでも「サンジョン通り」はすごかった。歩行者天国になっており、ストリートミュージシャンがそこら中で演奏をしている。店のテラスには観光客やら何やらが座ってビールを飲み、にぎわっていた。先ほどまでは自然に包まれていたが、いまや、人々の活気に包まれている。そんなことを思いながらわたしは、レバノン料理屋で肉団子のピタパンサンドを買い、ストリートミュージシャンの演奏を聴くことにした。
 ちょうどレバノン料理屋の前で、髭のおっさんが歌っていた。手にはトランペットをもち、たまにこれを吹き鳴らす。歌っている曲は、「プリティウーマン」など往年のヒットナンバー。おっさんの周りにはひときわ人垣ができていた。わたしは他の観客たちとともに道路に座り、おっさんの渋いけれど美しい歌声を聴いていた。最悪のスタートだったのに、今や最高の昼を迎えている。天気も快晴(モントリオールではそのとき雨が降っていたという)、本当に最高だった。

 そのあとは、何をしたわけでもない。シャンプラン像のある広場でぼーっとしながら大道芸を見たり、シタデルという昔の城塞の周りを散歩したり、絵画や写真の蚤の市を見て回ったり、ケベックシティの午後を満喫していた。バスは六時半に出発だったから、早めの夕食をとらねばならない。そのための店探しもしていた。折角ケベックシティに独りでやってきたのだから、なにかうまいものが食いたい。そう考えた時に、ふと、あのロウワータウンにならいい店があるんじゃないか、と思った。
 そこで、わたしはロウワータウンへと戻ってみた。とはいえ、戻ったのはレストランに入るデッドラインと心に決めていた五時より全然早かったので、とりあえず散策することにした。ロウワータウンも、この時間になるとずいぶんと活気が出てきていた。ビールを出している店も盛況だったし、教会の前には人だかりができていて、何やら結婚式のようなものをしていた。
 歩いていると、突如として市場を発見した。旧市街から一歩外に出たところにある、「ヴューポール市場(古い港市場)」である。市場を見つけたからには、入らざるを得ない。市場には人の生活があり、人の生活があるところほど、エキサイティングなところはない。何も買わなくとも、ただ見て回るだけで楽しいのだ。
 市場は、規模はあまり大きくないが、果物や魚介でいっぱいだった。ふと、ここでならフランス語が使えるのではないか、と思ったわたしは、スパイス専門店のようなものに入って水を一本買うことにした。実は行きに水を買っておらず、三時間水なしはかなりつらかった、という理由もある。
 ケベックシティでは、あまりアジア人がいないのか、すぐに観光客だとばれる。だから、フランス語を使っても英語で返されることが多かった。商店の人にフランス語で話しかけると、少々驚きの表情をされたが、がんばってフランス語で通してみた。そうすると、なんとなく歓迎の表情を浮かべてくれた。やはり相手の言葉を使うというのは大事なのかもしれない。

 そんなこんなで時間も時間となり、わたしは一番人気がありそうなレストランに入った。店長のひげ面のおじいさんは鼻歌を歌いながら作業をしていて、見るからに楽しそうだ。わたしは、鴨肉のコンフィと、ケベック産のロゼワインを頼んだ。かなり混雑しているのに、食事が出てくるのは速かった。ロゼワインはなぜか、白ワインに変わっていたが、独特の癖があっておいしかった。鴨肉の方はと言うと、ありえないくらい柔らかく、非常にうまかった。パリで食べたかもがものすごく固かったので、実はあまり期待していなかったのだが、ここの料理はかなりうまかった。やはり、どうやら人がたくさん入っている店を選ぶことが大事なようである。またひとつ、大切なことを学んだ。そしてなにより、うまかった。

 

 かくしてケベックシティ一人旅は終了した。またバスに乗り、三時間かけてモントリオールへと帰還した。途中豪雨が降り始めた時には、どうしたものかと思ったが、モントリオールに帰る頃には小雨になっていた。だから傘を忘れていたものの、その辺はことなきを得たのだった。