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Play Back〜ハードボイルド大学生活〜

ある大学生の日常をハードボイルドなエッセイ調に書く。

嵐の前の激しさ PART1

「はじまり」

台北滞在二日目

嵐の前の静けさ、という言葉がある。それは、暴風雨が来る前に穏やかな気候になる、という現象からくる比喩だ。暴風がくるからこそ、暖かく、穏やかな天候になる。それはかえって不気味なことで、まるで神が未来を私たち人間にひた隠しにしているようでもある。

九月十三日の火曜日。台風14号莫蘭蒂が台湾南部に迫っていた。そして空は、そのことを隠蔽するかのように雲ひとつない青い空であった。まさに嵐の前の静けさ、ホテルの部屋から青い空を見たときはそう思った。

前の記事にも書いたように、わたしはちょうどこの前日に台北についたばかりであった。ずっと悪天候でも構うものか、当たって砕けろだ。そう思ってやってきて、まさかこんな天気になるとは予定外。わたしは朝食を済ませ、いい気分で外へと出た。目的地は公園だ。ホテルのそばに「二二八和平記念公園」という大きな公園があり、到着した日に行ってみたらよかったので、ハレの日の姿も見てみたかったのである。

朝の公園を歩くのは、今年の春に行ったヴェトナムで身につけた、わたしの旅のひとつの習慣だった。公園は、人々が集まり、思い思いのことをして過ごす場だ。そこには市場に匹敵するほど、人々の生活の跡が見える。ひょっとすると、市場以上かもしれない。だからわたしはヴェトナム以来、カナダに行った時も、散歩をして、公園を見つければ、必ず立ち寄ってベンチに腰掛けていたのだった。ベンチに腰掛け、空を眺め、何かを食べて、本を読み、そして物思いに深ければ、その土地の人々と、なんというか、一体化できる、その土地の人々の呼吸と鼓動を感じられるような気がするのである。

台北の公園は、想像通りというか、体操する人で溢れていた。これはヴェトナムでも同じだった。それも、驚いたのだが、ヴェトナム人がよくやっていた腕をぶらぶらしながら歩くだけの体操を、台湾人もしていたのである。どこも同じだな、と思いつつも、異変に気づかないわけではなかった。というのは、年齢層がかなり高いのだ。時間帯が少し遅かったせいもあるかもしれないが、公園に若者の姿はない。皆年寄りで、年寄りが集まって体操をしていたのだ。それはもしかすると、台湾の社会というものを示しているのかもしれない。そしてそれは、もしかするとだが、日本にも投影されるのかもしれない。若者たちは、年寄りたちから離れ、伝統はどこかの公園に置き去りになる。それが良いとか悪いとか言っているのではなく、単にそうなのだ。

しばらく公園にいた後、わたしはふと、有名な「故宮博物院」に行くことにした。なぜなら、「故宮博物院」は1度目の台湾なら行くべきだろうが少々遠く、これからもし暴風と悪天候が続く毎日がやってきたとすると、行く機会はなくなってしまうような気がしたからだ。コンビニで水を一本買い、駅へと向かう。太陽は徐々に高くなり、気温も上がっていた。やはり暑いな、と思った。

思いつきだったため、故宮博物院への行き方なんて知っているはずもない。だから前日に書店で買った台北の地図を開き、当てずっぽうで行くことにした。どうやら、故宮博物院台北市内の鉄道(MRT)から離れており、バスに乗らないといけないようである。わたしはとりあえず、故宮博物院と道で繋がっていそうな「劍潭(ジエンタン)」駅で降りることにした。

台湾の鉄道は距離に応じて料金が違い、運賃を払って、切符代わりの青いプラスチック製のトークンを買う。ホテルの最寄駅である「台北車站」から「劍潭」まではたしか、25台湾元、すなわちおよそ100円だったと思う。これで5駅分なのだから、日本と比べた時の破格ぶりがわかるだろう。日本で5駅も乗ろうものなら、もっと大量に取られてしまうはずだ。

台北市内を走るMRTというのは、ほとんどの場所が地下を通っている。だからほぼ地下鉄と言ってもいい。だが、目的地である「劍潭」は地上、というかむしろ、高架に駅がある。そう、初めは地下を通っていたMRTは、「劍潭」の一駅前にあたる「圓山(ユェンシャン)」で高架に登り、まるでモノレールのように地上を見下ろしながら進むのである。晴れ渡る青い空の下、まるでズートピアの冒頭のようにスーッと走って行く効果鉄道に乗るのはなかなか気分がいいものだった。

その気分の良さは天気のせいだけではない。台北の鉄道のおかげでもあった。というのは、乗客のマナーが日本と比べてかなりのレベルなのだ。儒教文化があるためか、お年寄りが電車に乗ってくると、多くの若者はすぐに、パッと席を立ち、どうぞ、すわって、と言いに行く。お年寄りの方もお年寄りの方で、すなおに「シエシエ(ありがとう)」と席に着くのだ。譲る側のマナーもよければ、譲られる側のマナーも良い。もちろん、譲らない人もいるし、何も言わずに人ごみを掻き分ける人もいる。だが、日本の電車の中に充満する倦怠感と緊張感はあまり見受けられないように思えた。

さて、「劍潭」駅で降りると、まず問題に直面した。バスがわからない。そこでわたしはとりあえず駅に貼ってあった故宮博物院などが載っている地図を見た。しっかりとバスの番号が書かれていた。そういうわけで、しばらく待とうと思ったのだが、バス停にあったバスの路線図を見ても、どうもそのバスは故宮博物院へと直行していないのだ。むずかしい。難しすぎる。悩んでいると、中国人観光客がやってきて、わたしに何やら話しかけてきた。どこでも現地人と見間違われるので、もう慣れっ子だったわたしはすぐに、「Sorry, I'm a foreigner」と言った。彼女はしばらく固まり、やっちまったという顔になってすぐに去って行った。すまないな、お嬢さん。お前さんを助けることはできない。なんせむしろこっちが教えてほしいくらいなんだぜ。

太陽はさらに昇る。10時くらいだっただろう。暑さはかなり酷いものになった。それは蒸し暑いというものではなく、太陽の直射日光が刺すという感じだった。わたしは現地の人たちに習って陰へとゆき、ふと尻ポケットに入っていた地図を見た。その地図にはツーリスト用の情報が書かれており、そこにあった故宮博物院の写真を見せれば運転手がなんとかしてくれるんじゃないかと思ったのだ。その地図の故宮博物院の解説には、なんということだろう、「士林」駅からバスが出ると書かれていた。「士林」駅は、わたしがいた「劍潭」駅の次の駅だ。やっちまったようだ。わたしはすぐにバス停から離れ、もう一度、今度は20元を払って、MRTに乗って、「士林」駅を目指すことにした。