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Play Back〜ハードボイルド大学生活〜

ある大学生の日常をハードボイルドなエッセイ調に書く。

The End 〜旅の終わり〜

台北2016

最後に少しだけ、最終日の話をしよう。後日談のようなものだ。

翌日のフライトは少しだけ遅い便だった。わたしは早めにチェックアウトしたが、ザック一つの身軽さだったし、どこかに行こうかとも思った。だが、それはやめたのだ。今回学んだ「旅することは動き続けることではない」ということが、脳裏に浮かんだからだ。せっかくなら、台北駅周辺をうろつこうと思った。

いつもの公園に行くと、インドネシア系と思われる人たちがたくさんいた。今まであまり見なかったので、何やら大きな休暇シーズンなのだろうか、などと思いながら、わたしは東屋に座り、一時間ほどぼーっと過ごした。雨は小降りで降っていたが、清々しい朝だった。

その後駅に行ってみると、何やら祭りをやっている。どうやら、ムスリム関係の祭りだ。そうか、だからインドネシア人がたくさんいたのか。駅前も、駅の中の大ホールも、大勢のインドネシア人で溢れている。

一体何の祭りなのか?

わたしは聞いてみたくなった。旅は勇気を試す場だ。わたしは見るからに優しそうなあごひげのインドネシア系の男性(ムスリムの文化というものがよくわからないので、女性にいきなり声をかけていいのかわからず、女性は控えた。ムスリムに多いあごひげを生やしていたので、きっとこの人は何か知っているはずだと考えた)に「英語しゃべりますか?」と聞いてみた。

「あー、はい、少し」と彼は言う。

「これは何の祭りなんですか?」

「あー、selmak-pegang-denang(※あくまでインドネシア語っぽい綴りを書いただけ。実際に言っていたこととは違うのでご了承を)。ごめんなさい。英語、すみません」

「あ、こちらこそすみません。ありがとうございました」

残念。

わたしは心折れつつも、他の人に聞いてみることにした。

「英語しゃべりますか?」

「しゃべりますよ」

「これは何の祭りですか?」

「@£^$(&*£&(」

「えーっと、すみません?」

「@^&(&$*(£&の祭りです。えーっと、インドネシアオリジンの」

「へえ!」

とりあえず何となくはわかった。インドネシアオリジンだそうだ。もう少しいろいろ聞きたかったがとっさに言葉が出ず、ありがとうございます(シュクラン)、と握手をして(ムスリムはよく握手をする、ということはかつてモスクに行ったときに知っていた)立ち去ってしまった。

いやはや。もっとぐいぐいいけたらなと思った次第である。

駅の地下街に入り、昼食として「牛腱麵」を食べた。3本の指に入るくらいうまかった。まだ帰りたくなくて、わたしは若者達が座っているところへ行き、一緒になって地べたに腰を下ろした。ああ、もう終わりか。しばらく本を読んだりしながら座っていると、関西の人と思しき人たちがやってきて、地べたに座りながら旅行の話をしている。何となく日本語が聞きたくなかったからか、わたしはその場から立ち去り、地下鉄の駅へと続く階段のところに行って、そこに腰を下ろした。そのそばでは欧米系のミュージシャンがパンフルートのような笛を吹いていた。どこか物悲しく、どこか力強いフレーズが流れた。

思えばいろいろなことがあった一週間だった。だが、それも今日で終わる。最後になって、やっとしたいような旅ができたような気がする。それはいろいろなところを回ることではない。右も左もわからぬ異国の地で、暮らすように旅をすることだ。たまにはどこかに行くのもいい。だが1日に一つのスポット、くらいに決めたほうがいい。1日は思ったより長いが、台風の日のように近場でうろちょろしている日が一番質が高い日を送れたような気がした。そして、見えないものも見えるようになった気がした。

ミュージシャンが二曲目を吹き始めた。すると階段に腰掛けた観衆達がざわつき始めた。何やら有名な曲らしい。見当もつかないイントロだったから、きっとこれは台湾人の心の曲なんだろう。わたしはそう思った。だがその予想は裏切られた。

古いアルバムめくり

ありがとうって呟いた

いつも いつも 夢の中

励まして くれる ひとよ

それは、日本(沖縄)の曲「涙そうそう」だったのだ。中国語で歌詞を口ずさむ人もいたが、それは確かに「涙そうそう」だった。

晴れ渡る日も 雨の日も

浮かぶあの笑顔

想い出 遠く褪せても

面影 探して

よみがえる日は

涙そうそう

そのフレーズを聞いた時、わたしは帰ってもいいような気がした。帰りたいわけではない。だが、帰ってもいいような気がしたのだ。異国の地にもなぜだか息づいている、日本の歌。ここでこの歌を聴くことになったのはきっと、そろそろ帰る時だと運命が告げているような気がしたのである。

演奏が終わり、拍手喝采がなった。

わたしは地下鉄の駅の方へと向かって歩き始めた。旅を終わらせるために。

 

……電車に乗って車窓を眺めて、「いや、やっぱり帰りたくない」と思ったのは秘密である。