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ある大学生の日常をエッセイ調にかっこつけて書く。

残すということ

日本のとある城が修復されるという1つの「事件」があった。その城はかつて白鷺城と呼ばれ、その修復事業はその元のままの白い色を再現しようとして行われたのだった。そしてそれはうまく行き、その城は今や白い白になっている。光りかがやかんばかりの白色に、である。

 

もう数日前のことになるが、私はカンボジアのアンコール遺跡を訪れた。初めは自転車で行こうとしていたがトゥクトゥクと呼ばれるバイクに乗客を乗せる荷車をつけた乗り物の運転手にしつこく勧誘され、根負けしてトゥクトゥクを使った。結果としては正解だったと思う。トータルで二人で2000円だったし、あの広大な遺跡群を案内なしに回れるはずもない。

アンコール遺跡の一帯を首都としたアンコール王朝は日本でいう鎌倉時代から室町時代ごろまで、ヨーロッパでいう十字軍の時代から百年戦争の終わりくらいまで、中国でいう宋代から明代初期まで栄えた王朝である。要するに、長い間東南アジア世界に君臨していたということだ。その勢いはヴェトナム南部を制圧し、タイ東北部とラオスを領有するほどだった。だが、この王朝も他の王朝と同じく、滅びてしまう。壮大な建築事業や果てし無い政争の末に、変わって力を持ったタイのアユタヤ王朝による侵略を許し、アンコール王朝は首都であるアンコールを放棄する。それからカンボジアはタイ、ヴェトナム、そして19世紀に入ってからはフランスによる支配のもとに入ることになる。

そんなアンコール遺跡の中でも有名なのが何と言ってもアンコールワットだろう。巨大であり、かつ精密。ここにそのようなものを作ってしまうような文明があった、それだけでも感動に値する。

だが、私はそのことよりもむしろ「ありのまま」の姿がそこにあることに心揺さぶられた。というのも、ここの遺跡は、無論後世の人の手は加わってはいるものの、冒頭で紹介した白鷺城とは対照的に、そのままの姿なのである。特にバイヨンなどの、アンコール王朝の首都であるアンコールトムに点在する遺跡群は、アンコールワットと比べても「打ち捨てられた」という過去を背負ったような、どことなく哀愁を抱えていた。そしてそれと同時に人間の作った壮麗な文明の賜物である遺跡が、自然との一体化を見せてすらいた。祠に入ると頭上ではそこをすみ方する鳥が鳴き、橋の上にはニホンザルに似た姿の猿が座っている。遺跡の奥まった場所に座って、少し目を閉じてみると、まるで文明などそこにはなく、単にジャングルがそこにあるだけかのようだった。

自然だけではない。「今」という時間がアンコール遺跡では「過去」と1つになっていた。人々は石の上に座り、石段をよじ登るようにして登って行く。遺跡の保存という観点からは由々しき事態である。だが、そこには過去と今の交差点があるように見えた。

時は流れて行く。だから全ては移り変わる。かつて栄えた文明は、木々に覆われて朽ち果てて行く。だが完全になくなるまでにはまだ時間がある。保存とはその時間を伸ばすことだ。間違っても過去を取り戻す事ではないと私は思う。アンコール遺跡は単に政治的理由などから保護することができなかっただけなのかもしれない。だけどそれが結果として、白鷺城などよりもずっと良いものを残しているような気がする。

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同じことを私は三日前にヴェトナムのフエという街でも見た。そこは十九世紀に成立した阮朝の首都があったという。ちょうど雨季だったようで(中部だけ雨季だという。ガイドブックにも書かれていなかったし、奇妙なことだとは思ったが、フエの運転手も、電車で出会ったフエの人も同じようなことを言っていたので、これは間違いないのだろう。ガイドブックが正しいってわけではない)、初日はろくに観光もできず、挙げ句の果てにシクロ(自転車力車)にぼったくられかけ、服もびちょびちょで大変だったわけだが、二日目には雨も小ぶりとなってようやくかつての宮殿跡に入ることができた。

宮殿の入場料をごまかされるというセンセーショナルな事件があったが、まあそれはさておき、宮殿の中には穏やかな風が吹いていた。陳腐でなんの面白みもない表現をするなら、悠久の時が流れているかのようである。入場料は千円したし、観光化されてはいるのだが、中は公園のようになっていた、自由に歩き回れる。ヴェトナム戦争中に受けた空爆で大破した跡地、そんなことなど我関せずというようにどっしりと構える邸宅などが軒を連ね、それは決して、見せるためにあるのではなかった。あるから、ある。国は滅びても、失わぬ誇りというものなのだろうか。

ツアーのガイドも良かったのだろう。旗を振って大勢にわーっと話すというよりも小規模のグループに話しかけているように説明をしていた。決して、どうだ、すごいだろう、という風ではなく、まるで物語を語るように静かに語りかけていた。

だからだろう。フエでは過去と現在がやはり1つになっていたのだ。一通り回っても、時間が許すならもう少しここにいたいと思わせる何かがあった。

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時の流れを断絶させずに、保存する。それは難しいことだろう。特に日本人はそれが苦手なように思う。京都や奈良にはそう言った空気感がなくはないが、日本の普通の街並みを見て見ると、やはり断絶の上にあるように思う。だからだろう。日本では保存よりも再現が流行る。新しく立て直す方に良さを感じる。片手の色を取り戻すなどと言った事業をよく聞く。それもまた面白くはあるが、過ぎ去って行った時の流れを今のものとして伝えることはできないのだ。

だが、現代もいつかは古代になる。アンコール遺跡には1800年代の落書きが残っていた。落書きすらも時の流れを背負えるのだ。いつかコクーンタワーやスカイツリーが保存されてくれることを望みたい。