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旅、映画、食べ物、哲学?

ヴェトナムの方がやってきた

6月10日と11日は、代々木がヴェトナムになる日だった。5月ごろから代々木公園では、カンボジア、タイ、ラオスと東南アジアの国々を紹介するフェスが開かれ、6月10日と11日はヴェトナムフェスティバルが開催されていたのだ。

去年、一昨年と連続してヴェトナムに行った私としては、このフェスティバルには行かなければならなかった。そう、もう行きたいどころの騒ぎではなく、行かなければいけなかったのだ。そんなわけで、私は後輩二人とヴェトナムフェスティバルに繰り出したというわけだ。

面白かったのは、このフェスティバルが、ヴェトナムという東南アジアの国に興味がある酔狂な日本人が集まる場ではなく、ヴェトナム人たちが集まってくる場でもあったことだった。というのも、去年同じ会場でやっていたアラビアンフェスティバルは、イスラーム圏の人の集まる場というよりも、日本人が集まっている状態だったからである。それはたぶん、イスラーム圏の人は、毎週金曜日、いやほぼ毎日モスクで集う習慣があり(本当に「集って」いる。一昨年モスクを訪れた時のあの雰囲気は忘れがたいが、それはまた今度話そう)、ヴェトナム人と違って文化的な何かを確かめ合う場が多いからではなかろうか。その点、日本にはヴェトナム寺院(大乗仏教の寺だが、明らかに雰囲気が違う)といっても、数えるほどしかないだろうし、集まるにしても、年に一度のテト(旧正月)くらいではないか。まあ、どれも憶測に過ぎない。単に祭りと聞いたら血がさわぐたちなのかもしれない。

とにかく、ヴェトナムフェスティバルの会場に入ると、いや会場への道のりから、だいぶ異質な雰囲気を醸し出している。周りからはヴェトナム語が聞こえ、男女ともにアオザイで着飾った人もいるし、会場に入れば、独特のハーブやら肉やらの混ざった匂いがしてくる。看板にはアルファベットに細々とした飾りをつけたヴェトナムアルファベット(クォッグー)が並んでいた。ライヴは無名の日本人アーティストの謎のナンバーもお届けしていたが、たまにヴェトナムのスターが現れ、ヴェトナム人たちは歓声をもって彼らを受け入れ、スターたちはポップな曲やバラードをやったかと思うと、一曲は必ずヴェトナム演歌を演奏していた。まるで、ヴェトナムである。会場の裏手にあるスペースではヴェトナム人たちがピクニックを催していて、「モッハイッバー、ゾー(1、2、3、いくぞ!)」という掛け声とともに乾杯し、盛り上がっていた。その脇を、子供達が駆け回る姿も、ヴェトナムっぽさがあった。

そこには、ヴェトナムがあった。「ヴェトナム」自体が出展されていた。もちろん、日本でやっているのでどこか小綺麗な感はあるが、やはり、あれはヴェトナムだったのだ。食事の方はというと、やっぱり本場にはかなわないが、ビールの「333(バーバーバー)」も「ビア・ハノイ」もあの時の味だったし、それに嬉しかったのは、本場ヴェトナムのチェーン店チュン・グエンの系列店が「本物の」ヴェトナムコーヒーを出していたことだった。あれはあまり日本では味わえないので、嬉しかった。チョコレートのような濃厚な味の、コーヒーと練乳のマリアージュ、である。

それにくわえて、あのフェスティバルは8時まで続いた、というのもヴェトナムらしい。テンションを一切変えず、一日中やり続けるヴァイタリティ。他のフェスティバルは普通5時には終わるものを、8時まで延長し続ける力強さがそこにはある。まさにヴェトナムという感じである。

かつて、エスニック料理の店の魅力について書いたことがある。あの時、私は、こんなことを書いた。エスニック料理は、日本にいながら他の文化の濃厚な部分への扉を開いてくれるものだ、と。なぜなら、食べ物の味はもちろん、その店の雰囲気、働いている人々、そして店の中の香り、流れている曲……それは完璧にではないが、その国の文化を確かに立体的な形で伝えてくれるからだ。ヴェトナムフェスティバルは、実際にヴェトナムに行ってみて考えると、確かに代々木をヴェトナムに変えていた。言葉、香り、音楽、人々、そして味、エネルギー。もっと大規模な形でヴェトナム自体を伝えてくれていた。そう、五万円払ってヴェトナム航空のチケットを買わなくても、そこにはヴェトナムが、ヴェトナムの方がこちらにやってきたのである。