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ある大学生の日常をエッセイ調にかっこつけて書く。

漠然とした不安と期待

つい十日ほど前のことになるが、7月が始まった。あたりまえだ。今日はなにせ7月10日なのだから。四角は四角い、とでもいうような話である。

東南アジアの旅を経験してしまうと、暑くなったところで、「あ、そう、34度か」くらいにしか思わなくなるわけで、7月という夏の始まりが格段心を揺さぶるっているわけではない。だが、7月に入り、しかも、7月10日となってしまったことで、私は少々心中穏やかではないのだ。それには、大きな理由がある。

ちょうど一ヶ月後、つまり8月10日に、私は成田国際空港からモスクワ経由で単身パリへと入ることになっているのだ。なに、飛行機が怖いわけではない。飛行機が怖くてヴェトナムなんざいけるはずもないではないか。一人旅が怖いわけではない。一人旅の旨味なら、台北ですっかり味わって、ああまた一人旅がしたい!と臨み続けてきたのだから。じゃあ、何に不安を感じるのか。それはたぶん、今回の旅が、今までにない、あまりに突拍子もない、しかもあまりに途方もない旅の計画だからだろうと思う。

 

ヴェトナムとカンボジアから帰った私は、大学の学科の友人で、一緒にアンリ・ベルクソンというフランス人哲学者の本を読んでいる仲間たちと、「パリで読もうぜ」という大胆かつ冗談めいた計画を立てた。それが思いの外とんとん拍子て進み、「おう、じゃあ、今年の夏やっちまおう」という話となる。みんなが来れるのは一週間。飛行機の値段を考えると、8月の終わりから9月の最初の週までが良いだろう。そうこうするうちに、私は気が大きくなって、「じゃあ、みんなが来る前にヨーロッパに入って、行ったことのないスペインやらなんやらまで足を伸ばしてやろうじゃないか」と思いついてしまったのである。案の定、8月10日くらいの飛行機の券は、案外安かったのだ。と、いうわけで、私は早速8月10日から9月6日までのチケットを、アエロフロートロシア航空のホームページで購入したというわけだ。三月のことである。

よし、また一人旅ができるぞ。みんなが来るまでの間、フランスの地方都市、そしてスペイン、できることならポルトガルやモロッコまで回ってやろう。そう思っていると、両親が暗に「遊び呆けやがって」というようなことを言ってきた。ならば、と完全に調子に乗っている私は、ついでに一週間フランスのどこかでフランス語の勉強をしてやろうじゃないかということにし、アンスティテュ・フランセ(フランスの公的な機関で、留学やフランス語学校にも関わる)で申し込むことにした。列車の旅、ホームステイ、そして友人たちとのアパルトマン暮らし。ちょうどテレビ番組の「関口智弘のヨーロッパ鉄道の旅」と「世界、行ってみたら本当はこんなトコだった」と「チョイ住み in パリ」を一気に体験するような感じじゃないか。私はちょっと嬉しくなった。どれも、好きで見ていた番組だったからである。ガイドブックを買い、妄想を膨らませつつ、こういって、ああいってと考え、現実逃避をするように私はヨーロッパの旅を夢見ていた。

が、しかし、である。6月になった頃、だんだん気づき始めたのだ。これは現実逃避ではなく、まぎれもない現実だ、と。預金残高もそこまでないし、物価の高いヨーロッパで生き残れるとは限らない。テレビをつければ、やれシャンゼリゼ通りでテロ、やれロンドンでテロ。私は勢いで決めてしまった壮大な旅に、漠然とした不安を感じるようになってゆく。もちろん、行きたい。見たことのない土地へ行き(スペインは初めてだ)、聞いたことのない言葉を聞き、食べたことのない食べ物を食べ、嗅いだことのない街の香りを感じ、感じたことのない風を受けて歩きたい。それでも、一ヶ月を今の資金力で持ちこたえるのも、不安を伴う。さらに、最近東南アジアに行き過ぎたせいで、ヨーロッパという土地でどう振る舞えばいいのか忘れてきていた。最近では、「ああ、どこかへ行きたい」と言おうとして、いうのをやめるようになった。どこかへ行くことが、現実のものとして、私の前にそびえ立っているからだ。

そういえば、台湾に行く時も、こんな不安を抱えていたような気がする。中国語はわからないし、初めての海外本格的一人旅だったし、それにあの旅も、今回以上に勢いで決めた旅だったからだ(あの時の旅の理由は、「金が余っていた」というものだったが、今思えば、その金を残していたら、ヨーロッパでもっといい暮らしができるのに、と思う。とはいっても、あの時台湾に行かなければ、このような大それたことは考えなかっただろうから、世の中うまくできていやがる)。いや、思えば旅の前なんて、そんなものなのかもしれない。経験上、どんなに不安な旅も(初めての一人旅だった高校三年の時の箱館の旅もそうだった)、空港の保安検査場を抜ければ、私は瞬時になんとでもなるさという境地になる。だからきっと、今回も、all izz well(きっとうまくいく)はずだ。そして、この感じは多分、どの旅人も持っているはずだ。一年間にわたる旅をした沢木耕太郎だって、旅の前の日は、「なぜこんな計画を立てたんだろう。飛行機が欠航になればいいのに」と思っていたらしい。それでも、当初の予定だった100日を優に超えた一年以上にわたって旅をこなした。今回の資金不足、そしてヨーロッパの鉄道パスを買おうとした矢先のユーロ高、そしてそしてなかなか決まらぬ留学先、テロリズムは、今までと違って、「迷いに過ぎない」レヴェルの不安ではないかもしれない。だが、それは逆に言えば、そんな不安を乗り越えて先へと進むことができるということだ。今回の旅はいわば、今までの旅の集大成である。一ヶ月という期間もそのためのものでもある。今までの旅は、視野を広げる、という以外に、一つの修行という側面があったと私は思っている。それは、ともすれば内向きになってしまいがちな自分を戒める修行だ。むしろ、いい機会である。

 

だから……私は旅立つだけだ。旅の内容は、またいつかここに書こうと思う。もちろん、行きて帰ってこれたなら、という条件付きだが。