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旅、映画、食べ物、哲学?

7都市目:バルセロナ(2)〜心地よい風の街〜

ホテルのロビーで地図をもらい、治安の悪そうな路地を歩いて、わたしは再びランブラス通りに出た。

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La Rambra

ラ・ランブラ。名前以外は何も知らなかった道。今Wikipediaで調べてみると、「水路」という意味らしい。そして、これは全く知らなかったことだが、ポケモンの聖地だそうだ。あいにく機種変更でポケモンGOはアンインストールしてしまっていて、モントリオールケベックシティ、台北やヴェトナムで捕えたポケモンどもはもういない。ちょっと残念。だが、ポケモンの聖地の部分には「要出典」と書かれていたので、真偽は不明である。それにしても、行ってみて一番頷けるのは、スペインの詩人ガルシア・ロルカが言ったという「終わってほしくないと願う、世界に一つだけの道」という言葉だ。これは、至言だと思う。

ランブラス通りは、カタルーニャ広場という広場から地中海へと開けた旧港までを一直線につなぐ通りだ。この前の記事でも述べたように、巨大な通りのど真ん中に、歩行者専用の通りが貫き、その周りを並木が囲んでいるという形になっている。歩行者専用通路にはキオスク(水やお菓子、雑誌、お土産を売っている売店。スペインにはよくある)が並び、時にはランブラス通り沿いのレストランがテラスを出していたり、アンティークを売る屋台があったり、絵かきや大道芸人があったりする。並木道のおかげで道は涼しく、海のおかげで乾燥しすぎていない。心地よい風に吹かれながら、この町の熱狂を感じられる道だ。まさに、ずっと歩いていられる、「終わってほしくない」道なのだ。

歩けばすぐにわかるが、明らかにスリもいる。何も持たず、単独行動で、すーっと道に入ってきては、警戒されていると気づくと外に出る。随分と見え見えなので、素人だろうが、これが何人かいる。また、絶対に買うことはないであろう商品を売る人たちもいる。フランスの閑散とした道を歩いてくると、初めはドキドキしてしまうが、そのうち、正しい気の使い方を覚えてゆくものだ。

わたしは道を歩いているうちに楽しくなって、港が見える広場までたどり着いてしまった。その広場には大きな円柱が一本そびえ立っていて、その先には海の方を指差した男の像が立っている。誰だろう、と思って地図を見てみると、「クリストバル・コロン」というらしい。ご存知、クリストファー・コロンブスのことだ。たしかに、衣装の感じは彼である。彼はイサベル女王に謁見し、スペイン王国カスティーリャ王国カタルーニャを含むアラゴン連合王国の同君連合)の支援で新大陸を見つけた。後で知ったのだが、その謁見の場は、このバルセロナにあった王宮だそうだ。‥‥にしても‥‥今コロンブス像が指差しているのは地中海。コロンブスが目指したのは真逆の大西洋なのだが……その辺はいいのだろうか。などと、いらぬツッコミを入れずにはいられない。

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あとでランブラス通りから反対側から撮った「港の見えるコロンブス広場」のコロンブス像。地中海をさしても、地中海の東半分はもうすでにカタルーニャのものなのに。

こういう、歩いているだけで楽しい道の問題点がひとつある。それはレストランを見つけようにも見つけられないことだ。なぜなら、食欲を歩きたい欲が圧倒してしまうので、いつまでたっても歩き続けちまうのだ。時刻は2時ごろ。スペインでは昼食どきに突入した時間帯だ(遅い)。

そういうこともあろうかと、一応レストランは当たりをつけていた。今までの旅の記録をお読みの方なら、わたしがいかに初めてのイベリア半島に警戒心を持っていたのかがお分かりだろう。わたしが旅の最中に入る店をガイドブックで調べるなんて、ハワイに雪が降り、サハラ砂漠で洪水が起こるような確率の出来事である。

選んだレストランは、値段も手頃で、カタルーニャ料理を現代風にアレンジしたものが食べられるという「Les Quinze Nits(レス・キンサ・ニッツ)」だった。名前が、フランス語のような、スペイン語のような、へんてこりんな綴りだが、これがカタルーニャ語だ。このレストランはランブラス通りにあるのではなく、ランブラス通りから一本入ったところにあるレイアール広場にあるらしい。というわけで、わたしは「港の見えるコロンブス広場(勝手に命名)」からランブラス通りを引き返し、レイアール広場に入ることにした。

レイアール広場は、ランブラス通りから東の方へと伸びる路地を入るとあった。広場、と言っても大きさはそこまで広くはなく、むしろ中庭に似ていた。真四角の形をしていて、四方を建物に囲まれ、石でできた地面が広がる。時折シュロの木が植えられている。そこにはパフォーマンスをする人や、物売りがいて、建物の周りにはテラス席が並んでいた。薄暗いが、活気がある。なぜか大きな建物にはフィリピンの旗が掲げられていた。そういえばフィリピンは、スペイン国王フェリペ2世に捧げられた島であり、米西戦争(スペインvsアメリカ)で奪われるまで、スペインの植民地だったはずだ。しかし、それとこれとは関係あるのだろうか。

おめあての店はすぐに見つかったが、異常に混んでいる。他にないものか、と広場の外にあるもう少し小規模な広場や、そこのさらに外にある猥雑そうな雰囲気とアーティスティックな街灯が不思議な感じを作り出している通りも見てみたが、やはりよくわからない。仕方がない。例の店に入ろう。わたしはヨーロッパの店の入り方が未だよくわかっていなかったが、とにかく体当たりで中へと向かった。するとアジア系、おそらくはフィリピン系のお兄さんがいたので、

「ウン・ペルソン」とお一人様であることを告げた。お兄さんは上へ行けというような仕草をした。混んでいるからだろう。

上の階にゆき、別の人に話しかけた。英語は話せますか(¿Habla inglés?)と尋ねたら、ちょっと待ってろという表情をし、わたし席につけた。どうやらフランスよりも英語の通じは良くないようだ。これは、カタルーニャ語を話せるようになっておくんだった、と思った。

しばらくして、これまたフィリピン系のおばさんがやってきた。このレストランはフィリピン系の人がやっているようだ。

「Korean? Japanese?」と聞かれたので、

「Japanese」と答えると、日本語のメニューが出てきた。日本語はそこまで変ではなさそうだ。

値段はピンキリのようなので、安めのものを頼もうと考えたが何が良いのだろう。周りを見回してみるとみんながみんなパエリアを食べている。パエリアというとスペイン料理の定番とされているわけだが、細かく言えば、バレンシア地方の料理だ。バレンシア地方とはバルセロナのあるカタルーニャのすぐ南にあり、1474年にカタルーニャを中心とするアラゴン連合王国と今のスペインの前身とも言えるカスティーリャ王国が合体するまではアラゴン連合王国の一部であったから、カタルーニャ語が通じる範囲でもある。ようするに、パエリアはどちらかといえばカタルーニャに近い場所の料理ということになる。

といっても、パエリアは普通大勢で食べるもので、一人用ではない。メニューを見ても、二人から承っている。しかたあるまい。それでは、となんとなくカタルーニャ語っぽいものが描かれているもの、しかも魚介を使ったものを頼まんと考え、白身魚のカネロネスなるものを頼んだ。飲み物は、単純な性格なので「バルセロナビール」である。

いざ出てきてみると、カネロネスとはパスタの一種「カネローニ」のことだった。筒状のパスタが白身魚を包み込んでいる。これはイタリア料理だろうか、と思いながら食べてみると、思いの外うまい。クリーミーなソースがカネロネスにからみ、ホッとする味だ。イタリア料理なのかもしれないが、地中海でつながっている。そもそもシチリアナポリはもともとアラゴン王国である。うまけりゃいい。(追記:カタルーニャ料理でも使うようで、他のところで同じようなものを見た。それには「カネロネス・カタラン」というようなことが書いてあったと思う。そして、カネロネスはカスティーリャ語スペイン語)であった。カタルーニャ語では「カネロンス」らしい)

バルセロナビールのほうはというと衝撃的な味だった。これは軽いワインなんじゃないか、と思わせるほどにフルーティな味わいなのだ。いや、今の表現は不適切かもしれない。ワインというよりもむしろ、「白ぶどうジュース(マスカットジュース)」と言っても過言ではないくらいフルーティだった。日本、台湾、ヴェトナム、カンボジア、タイ、カナダ、ドイツの地ビールを現地で飲み、日本でもトルコ、インド、ラオスミャンマーといろいろ試してきたが、こんなのは初めてだった。スカッとしていて、フルーツジュースのような味わい。また飲んでみたいが、日本はおろか、スペイン、フランスではついぞ見かけなかった。

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食事を堪能し、会計をすませると、レイアール広場に出た。さあ、次はどうしよう。次は、実はもう計画があった。憧れの地中海クルーズ(1000円以下)と行こう。地中海までは、ランブラス通りを再び歩き、コロンブスのいる円柱を超えてゆけばいい。実は今までアドリア海は見たことがあっても、地中海は見たことがなかった。これは古代ローマファンとしては恥ずかしい。

(つづく)