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旅、映画、食べ物、哲学?

7都市目:バルセロナ(4)〜あまえ〜

バルセロナサンツ駅へは地下鉄で一本だ。わたしが数時間前初のイベリア半島の地に足を踏み入れたところ。それなのに、なんだかバルセロナ地下鉄に慣れ始めている。使いやすいのだろう。一回2.15ユーロ。日本円だと大体250円くらいで、大体のところまで行ける。

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サンツ駅は巨大な駅で、ホームは地下鉄も含めて地下にある。チケット売り場や各種売店、無駄に近未来感のあるトイレが地上階にはある。わたしは地下鉄から地上へと向かうエスカレータに乗り、地上に出た。さて、高速鉄道AVE(アベ)のチケットカウンターはどこだろう。広い駅構内をぐるりと見回してみると、向こうの方にカウンターらしきものがある。

近づいてみると、「Hoy(今日)」と書いてある。フランスでは、整理券を取るときに今日のチケットか明日以降のチケットかを選択するコーナーがあった。もしや、これは今日のチケットだけを売っているところなのかもしれない。だが、ほかにブティック(販売所)のようなものはないし、並んでみるしかない。案の定、前の方の団体は、わたしと同様ユーレイルパスを使ってチケットを取っている。きっとなんとかなる。

列はシエスタの時間帯のせいか短く、すぐに自分の番になった。わたしは初老の係員の元へ行き、

「Holà. ¿Hablà inglés?(こんにちは、英語話しますか?)」と言った。英語でいきなり話しかけると不躾だし、スペイン語の自信もないので、思いついた最終手段である。ただ、バルセロナの街を歩くと、カタルーニャ語ばかりが目につき、スペイン語=カスティーリャ語をぶつけるのも不躾なのではないか説が濃厚でもあった。しかし、バスク語は少しやったくせに、カタルーニャ語は挨拶程度しかやらなかったので、これしきのことも質問できなかった。カタルーニャ独立運動を舐めていたわけだ。今から思うと、当然、カタルーニャ語ばかりのはずなのに。

「Un poquito.(ほんの少しだけね)」と係りのおじさんはいう。なら、お言葉に甘えよう。わたしだって、Habló inglés un poquito(英語を少しだけ話します)程度なのだから。

「明日のマドリードまでのチケットをユーレイルパスで予約したいんですが」と尋ねる。

「明日? 明日のチケットはここじゃないよ」とおじさんはいう。やはりか。

「どこでできますか?」

「あっちだ」おじさんは、自動券売機の方を指差した。あれはユーレイルパス用じゃない話じゃないかと思いつつ、わたしは機械の方に行った。どうしたものかと機会を見ていると、

「タッチすればいいんだよ」とムスリマの彼女を連れた若い男が教えてくれた。だが、問題はそこではないのだ。わたしは駄目元で、

「ユーレイルパスを使うにはどうしたらいいですか?どういうシステムになってるんですか?」と聞いて見た。お兄さんは少し困惑の表情で、首を傾げた。すまない、おにいさん。悪気はないのだ。駄目元なのだ。

「あの人に聞くといいよ」とおにいさんはわたしにこっち来いと手招きし、係員の方へと連れてきた。わたしはその後なんとかユーレイルパスの話を伝えようとしたが、いまいち伝わらない。最後には先ほどのカウンターの方を指差して、あっちだと言った。多分違う。だがわたしは笑顔で、

「Gracies!」と伝えた。彼らもにっこり笑った。いい人たちだ。結果切符が買えたかどうかは関係なく、それだけは間違いない。

その後、ツーリストインフォメーションにも言ったが、いまいちわからない。もしかすると、スペイン国鉄(renfe)ではユーレイルパスは当日券だけなのではないか。そう思い立ち、わたしは探すのをやめた。新しい国にいるのだ。そういうこともある。とりあえずホテルに引き返し、スペイン人の習慣に従って昼寝をするか、それかシャワーでも浴びようか。そういえばトゥールーズのホテルでシャワーを浴びていないので、1日体を洗っていないことになる。

わたしはサンツ駅から地下鉄で、ホテルの最寄のリセウ駅まで引き返すことにした。蒸し暑い電車の中で、そういえばホテルの部屋番号を忘れてしまったなと思い出した。まあ、ストラスブールでも忘れてしまったが、なんとかなった。きっと平気だろう。

 

つい数時間前には完全な、警戒すべき異国だったリセウ駅も、いまや親しみ深い最寄駅である。2.15ユーロというめちゃくちゃ高くてめちゃくちゃ半端な地下鉄料金にも慣れてきていた。だいたい、2ユーロ20センティモを払い、5センティモをおつりで貰えばややこしくない。すると次の時にはちょうどの料金が払える。そんな生活の知恵も学び、わたしも気分はバルセロナ人である。カタルーニャ語を話せたら良いのだが…うん、それは今度来る時だ。

オスピタル通りにあるホテルに戻ると、フロントはおばちゃんから交代して若い女性になっていた。これはまずいかもしれない。というのも、ストラスブールで部屋番号を忘れてなんとなかなったのは、フロントのお姉さんが顔を覚えていてくれたからだった。他のホテルでは鍵は持ち出してくれと言われていたので、この状況は経験していなかった。

「Hola」と挨拶をして、「すみません、番号を忘れてしまって」と伝えた。すると女性は少しだけ眉根を寄せて、階はどこですかと尋ねた。私は四階だと答え、名前を告げた。この分だとシステマティックにカタがつきそうである。

すると女性は怪訝そうな顔をした。こちらまで不安になる。これは問題が起きているようだ。私は、ただ待った。すると、「あなたは存在していない」というようなことを言われた。まるでSFである。このSF的な状況をどうしたら良いのかわからぬまま、私は、困った顔をするしかない。

すると女性は、謎の韓国人か中国人らしき名前、それも私の頭文字とおそらく合致しているのであろう名前を告げて、「これじゃないの?」と尋ねてきた。いや、それじゃない、というと、これが正式な名前で、あなたの言っているのはニックネームではないの?と尋ねてくる。なるほど。確かに香港ではそう言うことがあると聞いたことがある。だが、私は日本人だ。しかも平成生まれだ。元服をした経験もないし、和泉守や摂津守などの官職をもらった経験もない。戸籍通り名乗っている。わたしは、違う、と答えた。それから、パスポートも提示した。しばらく、チェックイン時刻などを聞かれたりしたが、どうにもこうにも状況は動かなかった。

わけがわからない、という表情をフロントの女性がした。だがそれはこちらも同じだ。いや、私が忘れたのが悪いのだが、それにしてもデータに乗っていないというのは妙だ。「番号を忘れる必要はないじゃない……」と女性はこぼした。これには「すみません」というしかなかった。

ふと、わたしは、番号は覚えていなくても、どうやって部屋に戻るかは覚えているんじゃないかと思い立ち、四階の地図を見せてくれと伝えた。地図を見たとき、驚愕した。同じような構造の廊下が左右に広がっているではないか。なんてこった。しかたないので私は角に部屋があることを強調した。だが、女性はラチがあかないと思ったのか、先ほどの謎のアジア人の名前をいい、「あなたはきっとこの人なのよ」と、超弩級の、「確かに金額の話はしましたが、価格の話はしていません」という答弁レヴェルの強引さでいった。違う、ともう一度言うと、「ならあなたはとまっていないのよ」といった。私が悪いのは明らかだ。だが、ここは踏ん張らねばならない。私は、

「でも、確かに私の部屋があって、そこに荷物も置いているんです」と必死で懇願をした。

しばらく女性はデータの入ったコンピューターや宿泊者リストをいじっていた。あの頃は必死で気付かなかったが、今思えば、あのロビーの女性はすごく誠実な人なのだろう。もしかすると、変な状況にたまたま巻き込まれてしまったバイトなのかもしれない。彼女の動揺も、大きかっただろう。その中でずっと調べてくれていた。すると、女性はこちらを向き、「わかったわ、413号室に止まってるでしょ?」といった。たぶん、それだ。私はうなづいた。女性は鍵を取り出し、私に渡した。私は、申し訳ありません、と告げ、鍵を受け取った。

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たしか、チェックインをする時点で、チェックイン情報が伝わっていなかった。それは当日に予約したからだった。たぶん、その影響だろう。にしても、これ以降は部屋番号は絶対に忘れまいと心に誓った。私は緊張状態にあったこともあって、シエスタも諦め、シャワーも諦めた。ただ部屋番号を、小さなノートに書き込み、しばらくベッドに座ってみて、次の行き先を練った。それを決めてから、部屋をあとにした。

「ありがとうございました。私の部屋でした」と伝えると、女性は申し訳なさそうに、

「ごめんなさい。ありがとう」といった。もしかすると、見落とされていたのかもしれないなと思った。だが、私が番号を忘れたのが悪いことは変わらない。私は鍵を女性の手元に返した。それから、私は外に出た。

次の目的地は、バルセロナといえば見逃せない、サグラダファミリアである。