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旅、映画、食べ物、哲学?

10都市目:ビルボ(3)〜熱狂の街〜

ブラスバンドの音が聞こえてくる方へと歩いて行くと、そこには人だかりがあった。真ん中では四人はどのブラスバンドが楽器を弾き、1人の人が大きな黒い旗を振っている。最初は何事かと思ったが、そういえば祭りである。いわば、前夜祭といったところだろう。ちょっと見てホテルに戻ろうかと思い、私は前夜祭の様子を眺めていた。

何やら巨大なプラカップを持った人たちが、ブラバンと旗振りの人を囲んでいる。楽器は楽しげな、あまちゃん風の音楽を吹き、曲調が変わると、みんなグイーッとしゃがむ。しゃがんでない人を見かけると、楽しそうな表情のおばさんが、「ほら、ほら、しゃがんで!」という仕草をする。しかし観光客たちは冷たくもカメラを向けるばかり。しゃがむパートが終わると楽器もヒートアップして、高らかに楽しい音を吹き鳴らす。するとみんな飛び上がり、旗手も激しく旗をバタバタと降る。まさに熱狂。何が何だかわからないが、楽しい。私は傍観者でいるのがなんだか嫌になって、グーっとしゃがんだり、立ち上がったりしてみた。やはり一体感が違う。気分は明日も祭りに出る人だ。明日はもうフランスへと行くというのに…。

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しばらくすると、さらにあまちゃんの雰囲気を醸し出す歌が流れ始めた。周りの人たちは、有名な曲なのか、反応して、

「パラッパラッパラッパラッパラッパラッパレ!パーラーパラッパラッパレ!」と歌い出す。そして一斉に壁に集まり、力一杯の平手打ちで、ショーウィンドウのシャッターや壁を叩き始めた。みんな大爆笑。祭りの前夜祭でなければ迷惑行為。とにかく楽しい空気だけがそこを支配していた。それからも、そのフレーズになるとわーっと人々が歌いながら壁へと向かい、平手打ちを壁にしている。私も、壁をぱしんとやってみた。よくわからないが楽しいので、私は密かに「壁ダンス」と名付けた。

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しばらく壁ダンスで盛り上がったら、群衆は少しだけ動いた。それからまた「しゃがんでウェーイダンス」が始まる。そして壁ダンスが始まって、また動き出す。壁タンスの歌はいつの間にか、別の曲に変わっていた。

Avanti! Popolo, alla riscosa!

進め!人民たち、解放へ!

Bandiera rossa, bandiera rossa!

赤旗へ!赤旗へ!

Avanti! Popolo, alla riscosa!

進め!人民たち、解放へ!
Bandiera rossa, bandiera rossa!

赤旗へ!赤旗へ!

Bandiera rossa, trionferá!

赤旗、それは勝利の旗!

Viva il communismo e la liberta!

共産主義万歳!自由万歳!

一瞬驚いた。それは紛れもなくイタリアの社会主義者の革命歌なのだ。確かにキャッチーなフレーズなのだが、意味はわかっているのだろうか。誰もが楽しそうに歌っている。

もしや、社会主義者のデモに参加してしまったのか、などと思ったが、雰囲気が違う。そういうことは関係ないと言えるほどにこの歌は浸透しているのかもしれない。カタルーニャ独立運動が、スペインの税制に反対する金持ち中心のものであるのに対し、バスク独立運動は労働者運動と関わっているのかもしれない。そういえば、歴史を見ても、スペイン内乱の時、バスク社会主義系の共和国側に加わっている。

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革命家を歌うお茶目な行進は時折止まり、壁ダンスを決行する。そんなこんなの繰り返しをしていると、黒ハンチングを被ったスペイン人が声をかけてきた。私は白いハンチング姿だったので、同胞というような感じだろうか。

「Hey! Brother!」と握手を求めてきたから、私もノリで、イェーイと握手を返した。するとこっちへ来いという。いってみると、私を胴上げしたいらしい。多分生まれて初めて胴上げされたと思う。

「あんた、どこの出身だい?」とアジア系の顔で、きついコックニーなまりの若い女性が聞いてきた。

「日本だよ」と答えると、

「へえ、日本かぁ。あたしあね、イギリス。ルーツはヴェトナムだけどね」と女性はいう。名前はジェニファーだという。やはりイギリスか。それにしてもヴェトナムとは、奇遇だ。私も……ヴェトナムには二度いっているから親近感がある。

「イギリスのどこ?」と聞いてみた。イギリスも二度いっているから親近感がある。

バーミンガムよ」そうか、てっきりロンドンかと思っていた。

「こっちはカール」とジェニファーは紹介した。隣にはひょろっとした感じのいかにもゲルマン系の私とあまり年の変わらないであろう男がいた。人の良さそうな顔で、カールは手を差し出した。私も握手で応じた。

「僕はベルギー出身だ」とカールは流暢な英語で言う。

「こっちはアンナ」とジェニファーは、近くにいたターバンをした女性を紹介した。握手を交わし、

「どこから来たの?」と尋ねると、

「イタリア」と答えた。

「わたしはサビナよ、スペイン人」と別の女性が言った。鼻筋の通った綺麗な顔だ。

「俺はリカルド」サビナの彼氏のような感じのワイルド系の男が言った。

「俺、カルロ」と言ったのは、先ほどの黒ハンチングの男だ。あまり英語はできないみたいだ。

「あたしたちさっきあったのよ。あんたもユースホステル?」とジェニファーが言った。そうか、さっきあったのか、いい街である。

「実はホテルなんだ」というと、ちょっとだけ驚かれたし、なんとなく階級の差を出してしまった感じがしたが、「ペンションとかオスタルが空いてなくてね」と付け加えたら、納得してもらえた。

「僕のユースが空いてたと思うけど」とカールは言った。うつるのも面倒なので、一応場所だけ聞いておいた。カールとアンナは同じユースらしい。

群衆が移動した。赤旗(Bandiera rossa)歌ったり、壁ダンスをしたりしている。私たちもその流れに乗った。今回はあまり止まらなかった。目的地があるようだ。群衆は旧市街と新市街を隔てる橋のそばに来て、やっと止まった。そこは劇場の裏で、祭りの出店がたくさん並んでいたがやってはいなかった。出店の看板にはなぜか、鎌とハンマーが描かれていて、労働者の絵が描かれている。やはり社会主義運動の団体に紛れたのか。これから打ちこわしでもするのか。まあいざとなれば仕方ない。バスク独立のため、戦ってやろう、などとアホなことを思っていると、しばらく演奏があった後で一部の人たちが二手に別れた。何が始まるのかとみていると、肩を組み、向かい合った。これはどこかでみたことがあるなと思っていると、花一匁である。だが、人の移動などはなくひたすら、「かーって嬉しい、はないちもんめ」のパートを繰り返している。でも、楽しそうだ。

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見ていると、ジェニファーに呼ばれた。そこにはガタイの良い、しかしメガネの丸顔は優しそうな北アフリカ系と思しき男が立っていた。

「この人あムスタファ。モロッコ人だよ」と紹介を受けた。

「こんにちは。よろしく」私たちは握手した。 

「よろしく」ムスタファは優しそうな声で言う。

「実は」と私は切り出した。「درست العربية في جامعتي(大学でアラビア語やってたんだ)」

「本当かい?どうだった?」ムスタファは尋ねる。

「難しかった。もうあんまりできないよ」私は笑いながら言った。

「使わないと忘れるからね。僕の英語もそうさ。モロッコではホテルで働いてて、その時に使っていたから覚えていったって感じだなあ」ムスタファはいう。

「へえ、なるほど」

「ねえねえ」とジェニファー。「あたしたち明日もここで集まるんだけどさ、あんたも来る?」

「明日は祭りの当日だろ? だから花火が上がるんだ。サンセバスティアンとかいろんな祭りで優勝した花火師が来るんだよ」ムスタファは言った。

「実は明後日までにボルドーについて、フランス語の勉強をしないといけないんだ。そのために明日にはフランスのバイヨンヌに行きたくて」私は言った。

「そうか。じゃあバイヨンヌまでの行き方を調べてあげるよ」と言うと、ムスタファはスマホを取り出して、アプリをつけた。

「ありがとう」

 

その後、パレードは解散した。だが、夜はまだ終わらなかった。一行が街の方へ向かったので、

「どこに行くの?」と尋ねると、

「どこかでもう一杯」と言うので、ついて行くことにした。ここまで来たらとことん付き合おう。

一行は旧市街の一角にある、店の前にやって来た。「マジックアワー」に出て来るホテルのように、道の真ん中にバーンとたった店だった。まるで映画のセットのような雰囲気の店に、先ほどの行進に参加していた大量の人が入っている。ワイワイガヤガヤしているが、もう1時半である。まあ、祭りにそんなこと関係ないか。

私はバルの中に入ると日本流でとりあえずビールを買った。とりあえず、と言っても、本日5杯目だ。しかし不思議と酔ってはいない。「Una cervesa, por favor(ビールください)」と頼むと、スペイン人のリカルドが喜んでいた。

みんなのところに行くと、黒ハンチングのカルロがサビナに何かスペイン語で言った。しばらくしてサビナは私に、

「カルロは日本に行ったことがあるの」と教えてくれた。

「日本のどこ? えーっと……Dondé...¿ir?」と尋ねたら、

「トーキョー、キョート、フジヤマ…」とカルロは答えた。私は意味もなく彼と握手をしてみた。カルロは、はははと笑い、私の白ハンチングをとって、彼の黒ハンチングをかぶせた。

「Brother!」とカルロは言った。

「彼の方が似合う」とリカルドが私の方を指してカルロに言った。カルロは残念そうに私の帽子を私にかぶせ、自分の黒い帽子をかぶった。

あたりは熱狂の渦に包まれていた。皆が酒を飲み、騒いでいた。私はバルの端の方にいたジェニファーに声をかけた。

「ヴェトナム出身なんだよね?」ともう一度確認したら、

「ええ。あんたは?」と聞いてきたので、

「いや、僕は日本だけど、ヴェトナムが好きで二回行ったんだ」と答えた。

「へえ、そうなんだ」

「ヴェトナムのどこなの?」

「フエだよ」とジェニファー。「フエで生まれたんだけどね、その後で家族みんなでイギリスに移ったんだ」

「フエか。今年行ったよ。ほら」と、私は写真を見せた。

「本当だね、これが私の故郷。あんまり覚えてないんだけどさ。これからどこか行きたい国とかあるかい?」

「またヴェトナムに行きたいな」と答えると、ジェニファーは爆笑しながら、

「別のとこに行くべきだよ」と言った。多分生まれ故郷というのはあまり魅力的には見えないのだろう。

「あとはインドとかイラン、トルコも行きたいな」

「いいね。いいとこだと思うよ。ところであんた本当に行くのかい?明日から祭りだってのに」

「そうだな…」私は迷いつつあった。ここで出会った連中ともう1日遊ぶのもありなのだ。「実はこの街に来た時祭りのこと知らなくて…ついさっき知ったんだ。だから今は迷ってる。残るかもしれない」と私は言った。

バイヨンヌに行くんだったら、ブラブラカーを使うといいと思う」とジェニファーは言った。

「ブラブラカー?」

「うん。カーシェアリングのこと」ジェニファーは、カールを呼んだ。「ブラブラカーのこと、教えてあげな」

「ブラブラカーは、車を持っている人と車に乗りたい人を繋げてくれるんだ。どこどこまで行きたいって登録すると、そこまで乗っけてくれるんだ。バスより安いよ」とカール。

ヒッチハイクみたいなもの?」

「そうだね。でもネット上でやるんだ」カールは言った。私は礼を言ったが、なかなかハードルが高そうな交通手段だったので使うつもりはなかった。

ムスタファのところに行くと、彼は大きなプラコップに入ったワインのようなものを飲んでいた。「これは、カリモーチョっていって、ここではよく飲まれてるんだ」とムスタファは言い、飲めというように渡して来た。味はスカッとしている。

「ワインとコカコーラのカクテルだ」とムスタファは言った。

「初めて飲んだよ、うまいね」私は言った。「ムスタファはモロッコから来たの?」

「いや、今はビルバオに住んでるんだ。ピザ屋で働いてるよ。よかったら明日来てよ。10時くらいからやってる」ムスタファはそういうと場所はサンタマリア通りだと教えてくれた。

「じゃあバスク語は話せるの?」と試しに聞いてみると、

「いいや、あんまり。挨拶程度だよ」という。

バスク語に興味があるんだ」と私は言った。

「よく使うのは、こんにちはのKaixo(カイショ)、ありがとうのEskerrik asko(エシケリクアシコ)、さようならのAgur(アグール)かなあ」ムスタファはそう言ったが、だいたいどれも知っているものが多かった。きっとバスク語で話す人は多くないのだろう。

「今までどこを旅してきたんだい?」とムスタファは尋ねた。

「まずはパリについて、リヨンとかトゥールーズを通ってバルセロナに入って、マドリードからビルバオに来たんだ。で、それから、ボルドーに行くってわけだ」と言うと、ムスタファは顔を曇らせて、

バルセロナの災難は聞いた?」と言った。

「もちろん。あの1日前にいたんだ」私は答えた。

「1日前か…ひどい話だ」しばらく沈黙があった。私もあまり話したくなかったので、

バイヨンヌまでどうやっていけばいいんだっけ?」と尋ねた。

バイヨンヌに行くには、直通がないから、フランスのエンダイエに行かないといけないよ。そこから電車に乗るか、バスだ。もしくはサンセバスティアンまで出ればなんとかなるかも」ムスタファは言った。予想外に、バスク自治州の都ビルバオは交通の便が悪いようだ。「明日までビルバオにいれば、もう少し変わるかもね。明日は祭りの日だから」

なるほど。それならもう1日いた方がいいのかもしれない。だが、ボルドーに行く前にフランスに入ってしまいたいような気もした。それに、迷った時予定通りに進んだおかげで、私はテロから救われたのだ。かなり葛藤していた。

「もう1日いたらいいよ」とカールも言った。「部屋なら僕のホステルにありそうだ」

私は少し悩みながらも、いることにしようかと傾きつつあった。花火でもなんでも来い。ここで死ぬなら、それはそれで本望じゃないか。それでも決断はできなかった。

すると、サビナが声をかけて来た。

「カルロが日本に行くかもしれなくて、その時は連絡を取りたいからメールアドレスが欲しいんだって」

私はカルロのスマートフォンに自分のメールアドレスを書いた。カルロは

「アリガトー」と日本語で言った。

「デナーダ」私はスペイン語で言った。

「そういえばみんなはどこから来たの?」私はサビナとリカルドに尋ねた。

「俺たちはマドリードから来たんだ。祭りを見にね」とリカルドが言う。グランセマナは全国で有名なのか。いわばねぶたを見にくるようなものである。

「へえ。マドリードは昨日までいたんだ」私は打ち明けた。

「そうなのね。どう?スペインは」サビナは尋ねた。

「Me gusta español(スペイン語が好きです)」とスペインが好きというつもりで答えると、

「España(スペインが)ね」

「あ…」みんなで笑った。

「あたしたちそろそろ戻るよ」ジェニファーが切り出した。カールも、ムスタファも、アンナも帰るらしい。私も潮時かもしれない。

「ブラザー、また会おう」カルロはそう言って私にハグした。

「会えてよかったわ」とサビナはスペイン風の別れの挨拶をした。リカルドとも握手を交わした。

 

ホテルまではムスタファが案内してくれた。カールとアンナは同じユースへ戻り、ジェニファーはムスタファの家に泊まっているらしい。

「また明日!」と誰ともなく声が上がった。

「もし明日もあることにしたら、会おう!」私はそう答えた。この時は、悶々とした気分も晴れていた。