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ある大学生の日常をエッセイ調にかっこつけて書く。

10都市目:ビルボ(4)〜グランセマナ〜

酒には強いほうなのだが、翌朝に響くことが多い。起きられないというのではない。起きてしまうのだ。2時間毎くらいに起きる。

三軒のバルをはしごし、ジェニファーやムスタファと飲んで、その時は全く平気だったが、起きてみると5時くらいだ。帰って来たのは2時半くらいで、寝たのは3時くらいだろう。とりあえず、とシャワーを浴び、私は睡眠時間確保のためにもう一度寝た。次に起きたのは、七時半くらいだった。荷物を詰めて、階下に降りた。この街に残るにせよ、計画通りフランスの方へ行くにせよ、このホテルは出ないといけない。

「Egun on!(おはよがんす)」と昨日とは違うフロントのお姉さんに言った。思いがけぬバスク語に驚いていたが、笑顔でKaixo!と返してくれた。

「チェックアウトをお願いします」と私は言った。今回は部屋番号も完璧に覚えていたのでことはスムーズに進んだ。とりあえず、重い荷物を預かっていてもらいたかったので、

「荷物を預かっていてもらえませんか?」と尋ねた。

「いいですよ。ちょっとお待ちください」お姉さんは階段の下にある柵を開けた。まるで第一巻の時のハリー・ポッターの部屋みたいな場所に荷物置き場がある。

「Gracias(ありがとう)」私は荷物を奥の方においた。

「良い1日を」お姉さんはにっこり笑った。

「Eskerrik asko, agur!(ありがとなし、したっけ!)」私はバスク語で言って、外に出た。相変わらず涼しいが、どことなく湿っていて、2月のハノイを思わせる。

 

昨日の騒ぎが嘘のように、静かである。まずは朝食だ。バルで食べられるのだろうか。私は昨日行った、バルがたくさんある界隈に来たが、オープンしている店はなかった。朝ごはんをどうしよう、とうろちょろしていると、一軒、赤い色をしたバルが開いていたので、入ることにした。朝からピンチョス(小皿のつまみ)かと思ったが、カウンターの上に置かれているのは普通のクロワッサンだった。

「Egun on!(おはよがんす)」とバルテンダーにいい、カフェコンレチェ(ミルクコーヒー)とクロワッサンを頼んだ。クロワッサンには甘いコーティングがしてある。スペイン流の朝食だ。マドリードのバスターミナルで朝食を食った時もそうだったのだが、フォークとナイフが付いてきた。かじるのは行儀が悪いということか。にしてもクロワッサンにフォークはおかしい。

「スーモ・デ・ナランハをくれないか?」と、私の後でやってきたおじいさんが言った。スーモ・デ・ナランハとはオレンジジュースのことだ。カウンターにいた若い女性がオレンジを一つとると、オレンジ絞り器に入れた。それを見ていたら、なんだか無性にオレンジジュースを飲みなくなって切った。

「¡Perdon! zumo de naranja por favor(すみません、オレンジジュースください)」と頼むと、

「Vale(かしこまりました)」と女性店員がオレンジを絞り始めた。

しぼりたてとあって、微妙にぬるくて、酸っぱいジュースだったが、これがリアルなのだ。朝のバルはやけに空いている。ビルバオも、マドリードバルセロナ同様、朝が遅いのかもしれない。

 

バルを出て、湿った空気の中歩きながら、色々と考えた。この街にい続けるのかどうか、それを決めなければならなかった。さきほど、カールとアンナが泊まっているといるユースを探してみたが、スマートフォンの検索に引っかからない。昨日のことは実は夢だったのではないか。とまあ、そんな具合で、この街にとどまるという考えも、だんだん現実味のないものになってきた。夢であるはずはないが、今日も泊まるとなれば、明日ビルバオからボルドーまで駆け抜けねばならないので、それが少しばかり面倒であったということもある。

だから、とりあえず、地下鉄に乗ってバスターミナルに行くことにした。それで、バイヨンヌ行か、国境のイルン行があれば、そのバスに乗ろう。それから、ムスタファの働くピザ屋にでも寄って、この街を去ることを告げよう。

 

久々にバスターミナルのSFチックな地下鉄駅に降り立ち、地上に出た。ここにやってきた時、初めは何も知らず、ホテルもなかった。とにかくテロのありそうなマドリードやいろいろなものから逃げていた。ビルバオは良い街だったが、それでも去ろう。

バスターミナルでトイレを済ませた後、大手バス会社アルサの窓口に行った。

「すみません、バイヨンヌ行きはありますか?」と尋ねると、

「え?バイヨンヌ?あっちじゃない?」と言う。私は隣のユーロラインの窓口に行った。確かにスペイン国内を回るアルサよりも、ヨーロッパ全体のユーロラインの方が可能性がある。

バイヨンヌですか?ドノスティア(サン・セバスティアンバスク語バージョン)ならありますけど」と受付のおばさんは言う。

どうやらバイヨンヌに直でいくものはなさそうだ。私はバイヨンヌでなくてもいいと思った。フランス領に入れれば、明日はTGVボルドーに行けばいい。そう思案していて思いついた都市があった。それは、イルンである。

イルンはあまり有名ではないが、バスクの町の一つで、フランススペイン国境に接している。がんばれば、歩いてフランス領に入れる。ビルバオからも遠くないはずだ。私はアルサの受付に再び行き、

「イルン行きはありますか?」と尋ねた。係員の男性は少し面倒臭そうに、

「あっちの機械でやってくれ」と言った。

どうやら、バスク地方のバスは機械で買うらしい。私は列のできていた券売機に並び、14:25発のイルン行きのバスの片道切符をたったの8ユーロで買った。いよいよ、ビルバオを離れざるを得なくなった。

 

旧市街に戻った。誰かしらに別れを伝える義務があった。カールはサーフィンへ行き、ジェニファーはサンセバスティアンにいる。後の人は居場所がわからない。ムスタファだけはピザ屋にいることがわかる。

だから私は、ムスタファの言っていたサンタマリア通りにやってきたわけだが、どう探しても、ピザ屋が見つからない。それどころか、祭りの当日だからか、バルしか空いていない。なんだか、うまくいかない。もはや私にはツキは残っていないようだ。

道の上に横断幕が掲げてあった。黒い文字で、バスク語が書かれ、真ん中にバスク地方の地図が黒く描かれている。その地図の右と左から赤い矢印が描かれているところをみると、「独立だ!侵略を許すな!」的なことだろう。こちらも、やはり戦っているのだ(調べてみたところ、実は、「バスク政治犯、難民よ、我が家へおかえり(Euskal preso eta iheslariak, ETXERA」)。

行くあてもなく、旧市街をうろついた。昨日よりも賑わっている。さすが祭りの日である。昨日からいた操り人形にピアノを弾かせるパフォーマーも心なしかより楽しそうだ。所々に独立心が見えるものもあった。祭りの時はそれを押し出すのかもしれない。中には、英語で「バスク国へようこそ!私たちは今、独立したバスク共和国を立ち上げています」と書いた横断幕もあった。やはり、独立したいと言う思いは大きいようだ。私は間違っていた。ここは、ビルバオではなく、バスク語読みで、ビルボなのだ。いや、バスク語ではなく、エウスカラなのだ。さすがに、バスク自治州の州都は違う。もしサンセバスティアン(ドノスティア)に行っていたら、これをみることはなかっただろう。

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バスク国(Euskal Herria)の旗。赤はバスク人、緑はバスク人の民会の開かれたゲルニカのオークの木の緑、白十字カトリックバスク独立運動の合言葉は「7=1」.

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川沿いを歩くと、向こうに山が見えた。どこかでみたことがあるようで、どこでも出会ったことのない景色だった。ビルボは変な町だった。ヨーロッパだが、ヨーロッパと違う。スペインだがスペインの範囲気はない。それは紛れもなく、バスクなのだった。

そうだ、昨日の夜フランス人のおじさんが言っていたグッゲンハイム美術館に行こう。確かあれは川の向こう側にあったはずと思い出し、川を渡ってみたが、そのような建物はない。どうも、今日はよくない。

 

旧市街に引き返した。美術館とは逆方向に行っているようだったので、そちらへ向かって行くことにしたのだ。中心部では祭りの準備が始まっていて、模擬店のようなものがたくさん並んでいた。さすが現代アートの街だけあって、店の装飾もものすごい。印刷されたやつをそのまま張っている台湾人や「フランクフルト」とだけ無造作に書く日本人に見せてやりたい。立体的な人間の顔、なぜかソ連がモチーフのレーニンやトロツキーの似顔絵。まるで芸大の文化祭である。

そこには文化祭の前夜祭の雰囲気があった。みんなせっせと組み立て、みんなせっせと何かをしている。ちょっと切ない気持ちになった。高校の頃から、文化祭の時はいつも真ん中に立って何かをやってきた。何かを作るのが好きだった。それだけが胸の奥にある熱のやり場でもあった。私は楽しさと切なさが入り混じる祭りの場所を歩いた。

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川沿いの遊歩道は公園のようになっていた。時折謎の現代アートが現れる。みな、祭りに行くのだろう。私は祭りには参加できない。留まればいい。しかしそれができなかった。向こうの方に赤と緑の巨大な橋があった。バスク色だ。バスクの旗の色だ。そしてその橋の向こう側に、不思議な形の建物があった。まぎれもなく、それこそがグッゲンハイム美術館だった。

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橋は高かった。まるで展望台に登るがごとく階段をひたすら登って、橋の上にたどり着く。その橋を渡れば、美術館はすぐそばであった。橋からはビルボの街並みが一望できた。細い川が流れるその街は緑と白の町だった。

グッゲンハイム美術館現代アートの美術館だった。橋を降りると、すぐにこの美術館の象徴の一つである蜘蛛のアートが現れる。それは、東京の六本木にある蜘蛛のアートと全く同じものだ。世界中に考える人の像があるのと同じである。遊歩道に突然現れる蜘蛛の像の股の下を自転車が走ってくぐって行った。

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建物は近未来的で、目の前に銀色の球体が積み上げられたアートがある。その近くにはたくさんのパフォーマーがいた。それも含めて美術館なのかもしれない。ジャグリングする人、彫像のフリをする人、シャボン玉を作る人……。親子連れが楽しそうに歩き、カップルが笑いながら歩いている。気候は穏やかで、涼しい。

バスの時間もあって、美術館の中に入る時間はなかった。それでも、美術館の周りには十分たくさんの現代アートが並んでいて、目を楽しませてくれる。特に気に入ったのは銀の球が積み上がったアートだ。何を意味しているのか、それが美しいものなのか、そう言うことは全くわからないが、なんとなく惹きつけるものがあった。

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美術館の横の階段を上ると、ガイドブックで見たことのある巨大な猫が鎮座ましましていた。と言っても、「注文の多い料理店」のように人を喰らおうとしているのではないし、猫バスでもない。その猫は巨大な植木であり、植木をカットして猫の形にしているのだ。祭りの雰囲気とはまた違う、終始静かな雰囲気が流れていた。

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ふと目を横にやると、ツーリストインフォメーションがあった。昨日探しに探して見当たらなかったあのツーリストインフォメーションだ。くそ、ここまできていれば…とも思ったが、まあ、これが旅である。そしてこれが、人生でもあるわけだ。と、ちょっぴり軽薄なことを言いつつ、私はグッゲンハイム美術館の敷地を出て、新市街の方へと向かった。

 

新市街は相変わらず清潔感があった。やはりこの街、どの街とも違う。もちろん、どの街もそれぞれの特徴を持っている。だが、ビルボには形容しがたい何かがあった。

水を買いたかったが、そういう店はなさそうだった。そうこうするうちにロータリーにたどり着いた。昨日の午後、さまよい歩いた場所だ。向こうの方に緑の山がある。強いて言うなら、スイスに似ている。そろそろ潮時だ。ホテルでバックパックを受け取ろう。私は針路を旧市街に向けて歩き始めた。

旧市街に近づくにつれて、祭りの雰囲気が高まってくる。この街に未練がないわけではない。むしろ未練タラタラである。私はこの街をまだよく知らない。それに、昨日できた友達もいる。だけど、こう言う別れもまた旅なのだ。ビルボのグランセマナ(バスクの夏祭り)は今宵始まる。だが、私のグランセマナは終わったのだ。

橋を越えて、朝よりも一段と盛り上がりを見せる広場に腰掛けて、祭りの前の雰囲気を味わった。老若男女が楽しそうに歩いている。目の前にいるおじいさんは家族と喋りながら何かを食べている。祭りは始まる。

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「祭りをやるんですね」と私はホテルのフロントのお姉さんに言った。

「ええ。今日からですよ」フロントのお姉さんは答えた。

「実は今日ビルバオを離れなきゃいけないんです」

「えー? そうなんですか。じゃ、また別の機会に、ってことですね。本当に素晴らしいお祭りなんです」お姉さんは熱っぽく語る。

「いれたらいいんだけど」と私は言った。それは自分自身に対する言葉でもあったが、いる気はない部分がなんとなくあるために、空っぽの言葉でもあった。だが、いたいという気持ちはあった。やはり、明日ボルドーにたどり着くには、今日ビルボにいてはならないのだ。それに、このホテルは高すぎる。「荷物を受け取りに来ました」

お姉さんは頷いて、カウンターから出てきて、例の階段下の物置の中に入った。どうやらあれからたくさんの人が荷物を預けたようで、大量のスーツケースがあった。私のリュックサックは奥の方に入ってしまっていた。

「これですね?」というので、私は頷いた。お姉さんがリュックを持ち上げようとして、わっという表情をしたので、私は、

「重いですよね」と笑いながら言った。

「はい、驚きました。たぶんわたしより重いです」お姉さんはそう言うと笑った。結局私が責任をとってバックパックをとることにした。人間とは不思議なものだ。重いリュックもいつの間にやら、たいして重くも感じなくなるのだから。私はよっこらせとリュックを担いだ。

「それでは、Agur(したっけ:さようなら)!」

「Agur! 良い旅を」

「Eskerrik asko(ありがとなし)」

 

食事でもしておこうかと思ったが、祭りの前の昼とあってどのバルも超満員だった。それに、バスの時間も迫っている。今日の昼食は抜きだな、と思った。初めてではない。バルセロナを去るときも昼は抜きだった。私はバス停へと向かう地下鉄に乗り込んだ。プラットフォームは相変わらずSF調である。

バスターミナルにバスは来ておらず、私はベンチに腰掛け、隣で遊ぶアラブ人家族を眺めながら時間を過ごした。しばらくして、向こうの方のターミナルにバスがやってきた。表示を見ると、どうやらイルン行らしい。私の乗るバスだ。サンセバスティアン(ドノスティア)経由だそうだ。今頃、ジェニファーがいる町だ。私はリュックを預け、バスに乗り込んだ。ドイツ人の青年の団体がいる。隣に座った16くらいの青年に、

「¡Hola!(こんにちは)」と話しかけてみたら、ドイツ語訛りらしき「¡Hola!」が返ってきたので、多分ドイツ人だ。

しばらくするとバスが動き始めた。これより向かうはイルン。スペインの果て、フランスの果ての山の町である。そして、今回の旅の第一部の終焉を告げる町でもある。