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ある大学生の日常をエッセイ調にかっこつけて書く。

11都市目:イルン(1)〜異邦人、あるいは旅の終わり〜

マドリードからトレドへ向かうバスとは、明らかに違う風景が外に広がっている。周りは緑、緑、緑。山も緑。ところどころにある建物は、白い漆喰で塗られ、屋根はオレンジ色だ。まさにバスク地方の道だ。日本人にとっては、マドリード付近の荒地が広がる風景よりも、道の狭さも相まって懐かしさすら感じさせる風景である。

バスはまず、美食の町にして、最近ではリゾート地として人気を出し始めたサン・セバスティアン(ドノスティア)で停車した。昨日だったか、ここでは花火大会があったはずだ。テロがあるまでは、ここに行くつもりだった。小綺麗な街並みで、太陽が輝いている。ここも見てみたい、というか、ここのバルでも飲み食いしたいが、ビルボは良い町だった。またいつか来れる時に行こうではないか。

ほとんどの客がドノスティアで下車した。バスはほぼ空っぽ状態で発車し、数分で目的地イルンの町に到着した。

 

イルンのバス停は純然たる田舎だった。イルン駅があるが、どこか裏寂れていて、街の中心がどこかもわからない。だからとりあえず、バスを降りる人々の行く方へと向かった。一本道があり、周りにはオレンジと白の建物だ。だが、村というよりも町らしく、建物の背は高くてぎっしり詰まっている。それでも地方都市の雰囲気は感じる。

徐々に徐々に住宅以外の建物が増えてくる。たぶん街の中心は近づいているのだ。だが今までは大きな街にいたので、中心部の雰囲気を感じられない。まだ土曜だというのに、閑散としている。ビルボに着いた時、大都会ではないなと思ったが、イルンを歩けば、ビルボは都会だと気付かされる。

この街は暖かかった。私はコートを脱ぎ、腰に巻いた。しばらく歩くと人もまばらに出てくる。町の看板はバスク語スペイン語の二言語併記、まだここもエウシカル・エリア(バスク国)である。しかし、ビルボと確実に違うのは、何食わぬ顔で看板に「あちらはフランス」と書いてあるのだ。そう、ここはフランスとの国境線の引かれた町である。スペイン側はイルン、フランス側はアンダイエという。

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しばらく中心街を歩くと、大きな広場が出てきた。といっても、バルセロナのレイアール広場やマドリードのプエルタデルソル、ビルボの旧広場のような真四角の厳しいものではなく、単純に広い価格が空いてしまったという雰囲気だ。私はそこにあったベンチに座った。この街にはベンチが多い。陽が傾き始めていた。私は終わりを悟った。遥かなる旅は終わった。まだ本当の終わりではないが、ひとり旅は一区切りつく。感慨もあったが、冷静でもあった。明日からは、ボルドーで一週間フランス語の勉強をしつつ、体の休息を取ろう。頭は使うだろうけど、体には休息が必要だ。なにせ10kgを担いでここまできてしまったのだから。

広場にはツーリストインフォメーションがあった。こんなにも簡単にツーリストインフォメーションが見つかったのはアヴィニョン以来だ。ホテルを取ってしまおう。フランスへの行き方も知りたい。私は立ち上がりリュックを担いだ。

「Kaixo! ¿Hablá ingres?(こんにちは、英語話せますか?)」ツーリストインフォメーションなんだから英語が話せるのはわかるが一応エチケットだ。

「Lo siento, no puedo(ごめんなさい、できないの)」とサバサバした感じのおばさんが言った。珍しい。まあなんとかなる、ケ・セラ・セラだ。

「OK...¿Hay una mapa de Irún?(イルンの地図ありますか?)」

「Si, vale.(もちろんよ)」とおばさんは地図を出してきて開いて見せた。

「Gracias. ¿Dondé está las pensiones?(ペンシオンはどこにありますか?)」

「Hoteles, hostales y pensiones son aquí(ホテルやオスタル、ペンシオンはこの辺にありますよ)」おばさんはそう言って、ペンで場所をなぞって見せた。

「Vale, gracias...y...dondé está...(わかりました、ありがとうございます。それで…どこに…)」まずい、フランスという言葉を忘れた。

「¿San Diago de Compostela?(サンディアゴデコンポステーラ?)」とおばあさんが尋ねた。薄々気づいてはいたが、この街はフランスからのサンディアゴデコンポステーラの巡礼路にあたるようだ。だが、ちがう、私は巡礼者ではない。

「No. Francia(いえ、フランスへの行き方を教えてください)」思い出した。

「¡Ah, Francia! Esto, aquí, y eso Hendaya, Francia(ああ、フランスね。ここが現在地で、これがエンダイヤ、フランスよ)」おばさんはそう言って指差した。それなりに遠い。バスを使おうかと思っていたが、そういうバスはなさそうだ。それなら…歩いてしまおうか。

 

礼を言って、ツーリストインフォメーションを出た。ホテルがあると言われた場所を探すためである。歩いていると、左の方向に大きめの道があり、坂を下って向こうの方まで伸びていた。どうやら、その先に、フランスはあった。よし、歩こう。明日になったら歩こう。国境といっても、この前断念したヴェトナムーカンボジア国境とは話が違う。シェンゲン条約があるのでパスポートチェックすらない。だから、歩いてやろうではないか。なんとなく不思議な感覚だった。

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ホテル街を探したが、どうにもこうにもみつからない。歩けば歩くほど、この街の暮らしに触れ、良いところなのだな、住んでみたいなという気分になったが、肝心のホテルがなかった。

日も暮れそうになっていて、これは野宿パターンかと思っている時に、四十代くらいの恰幅のいい男が通りかかった。目があったので、

「¡Holà! ¿Hablá Ingrés?(すみません、英語話せますか?)」と話しかけた。ツーリストインフォメーションで英語が通じないんだ。無理だろう、と思ってはいた。答えは案の定、

「No, lo siento(いや、ごめんね)」である。

わたしはもう強引に地図を広げ、ホテルがあると記された場所をさしながら、

「¿Dondé aquí? ¿Dondé está pensiones?(これはどこですか?ペンシオンはどこにありますか?)」と尋ねた。

男は地図をじーっと見ると、着いて来な、と手招きをした。私は大柄なその男性の行く道をついていった。

「¿De dondé ères?(どこから来たんだい?)」と男は尋ねた。

「Soy de Japón(日本です)」私は語学教材のレッスン1のようなフレーズで答えた。そのとき、なぜかふと、どうして過去の人が英語を話せないのかがわかった。そうか、だって、この町は英語じゃなくて…

「Vous parlez français?(フランス語話せますか?)」私は尋ねた。

「Oui, un peu(少しならね)」やはり。

「Je cherche l'hôtel ou la pension pour dormir ce soir. (今晩泊まるためのオスタルかペンシオンを探してるんです)」と私は言った。

「D'accord, mais il n'y a pas d'hôtels ni de pensions d'ici(けどこの辺にはないよ)」と男はいう。なんと。話を聞けば私は道を間違えており、駅の方にホテル街があるらしい。やらかしたようだ。

あるいていると、向こうの方で食事の匂いがした。男はそこを指差し、

「Voilà la fête(ほら、祭りをやってるんだ)」と言う。さすが同じバスク地方。ここにもグランセマナはあるのだ。

「Ah, oui. En effet, j'ai vu une fête à Bilbao aussi. J'étais à Bilbao avant d'Irún(ほんとだ。じつはビルバオでも祭りを見ましたよ。イルンの前はビルバオにいたんです)」

「C'est vrai? Très bien. Pourquoi tu viens ici?(本当かい?いいね。どうしているんに来たんだい?)」

「Car j'irai en France demain, j'étudierai français au Bordeaux.(明日フランスに行くからです。ボルドーでフランス語を勉強するつもりです)」私は答えた。明日にはボルドーにある。変な気分だ。だがもうこれは終わるのだ。

先ほどまで歩いていた道までやって来て、男は駅の方を指して、そこにホテルがあると教えてくれた。

「¡Buen viaje!(良い旅を!)」と男はいった。

「¡Muchas gracias!(本当にありがとうございました!)」私はそう言って、駅の方に引き返した。

 

空はオレンジがかり、道には人影も増えて来た。多分さっきまではシエスタだったのだ。

最初に入ったペンシオンで部屋はありますかと尋ねると、あるらしい。昨日の経験上、とってもホッとしてしまった。しかし値段を聞くと80ユーロだという。少し高い。安くならないかと聞いたが、安くしてくれるかはなさそうだ。私は他を見て見る、とその場を離れた。慣れたもんだなぁと我ながら思った。

次に行ったのは裏にある、テラス席のついた巨大なホテルだった。どうやら巡礼者ようである。60ユーロという。ちと高いが、面倒になってそこに泊まることにした。

「二つベッドがあって、シャワーは別室だけど、使うのはあなただけですよ」とやけに高い声のフロントのおばさんが言った。

「わかりました」私はそういい、言われたとおり二階に行った。

部屋はやけに広かった。2人用のドミトリーという感じだ。しかし1人しかいない。そしてドアの鍵がやけに固かった。実は帰りの日に閉じ込められかけたというのは秘密である。

窓の外には線路があった。その線路はフランスに通じているようだった。線路の向こう側には、小さなバルがあって、地元のおっちゃんが集まっていた。ここはそう、宿場町なのだ。巡礼路が通り、国境線が敷かれた、まさに宿場町だった。雰囲気は東京の多摩地区にも似ている。多摩は私の本拠地なので、この町はやけに親近感がわく。私は部屋で休んだり、所用を済ませたりして、七時くらいに夕飯を食べに外に出ることにした。窓の外の日は傾き、ノスタルジックな風が吹いていた。

 

 

 「バルはあっちの方にあります。でも、スペインの習慣で大体は20時からしかやっていませんよ」とキンキン声の女主人が言った。

「ええ、わかりました。アグール」私は言った。時刻は7時。スペインの風習に苦言を呈する人が多いのだろうか。だが私はもう分かっている。散歩をしたいので、織り込み済みである。

線路の上を走る高架橋に登り、メインストリートへ。向かうは先ほど道を教えてくれたおっさんが指差して「祭りだよ」と言った場所だ。ここまで来たら祭りに行くしかない。あのおっさんもいるかもしれない。

 

そこは公園だった。いい雰囲気だ。子供が遊具で遊び、母親がママ友と談笑し、おじいさんおばあさんがベンチに座る。イルンは生活感であふれている。

公園は二段構造で、入ると木が生い茂っているところに出て、階段で降りると、遊具があるコーナーになる。私はしばらく木のコーナーでくつろいで、下に降りた。下の方でどんちゃん騒ぎの音が聞こえたからである。

祭はビルバオよりも小規模だ。だが主体はやはり若者で、道路を囲んで車にひゅうひゅうと口笛を送ったり、楽器を演奏したりしていた。楽しそうだが、なんとなく、デンジャラスな雰囲気を感じた。マイルドヤンキーのお祭りという感じで、異邦人を受け入れてくれる感じはしない。だから私は、若者はねぇと怪訝そうに見守る老人たちとともに、遠巻きに見ていた。

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しばらくして、私は引き返した。そろそろ店を探そう。空もますますオレンジ色になって行く。

ビルボよりは暖かい風に吹かれながら、ホテルがあるブロックの反対側を歩いた。子供づれがたくさんいて、町中にあるベンチで団欒がある。老人たちも腰を落ち着けている。この街の活気はどうやらこの時間帯から生まれてくるみたいだ。大きな広場のそばにあるバルには大勢の大人が詰めかけていた。広場では子供たちがサッカーをしていた。私はベンチに腰掛け、しばらくそのサッカー「イルンリーグ」の行方を見守った。

ふと、私は「異邦人」というタイトルの歌を思い出した。

子供たちが空に向かい 両手を広げ

鳥や雲や夢までも 掴もうとしている

その姿は 昨日までの 何も知らない私

あなたに この指が届くと信じていた

空と大地が 触れ合う彼方

過去からの 旅びとを 呼んでる道

あなたにとって私 ただの通りすがり

ちょっと 振り向いて みただけの

異邦人

コートを使わないサッカーは懐かしかった。よく小学生の時にやったものだ。子供達の影は長く伸びる。ノスタルジックな夕日がやけにさっぱりとした気持ちを呼び寄せる。

私はもう少し歩こうと、一本入った道の坂を降りてみた。バルが並んでいた。しかし、しばらくすると線路に行き着いた。歩くのも大概にしよう。歩くのは私にとって酒のようなもので、溺れれば抜けられなくなる。

 

入ったバルは、「サッカースタジアム」の目の前だった。一番客入りが良かったのだ。

いつまでたっても慣れないもので、恐る恐るバルに入り、カウンターで待った。しかし、私がアジア人の若造であるためか、カウンターのおじさん2人は私の方に目を向けようともしない。だから私は声をかけ、ビールを頼んだ。皿が配られれば、ゲームスタートだ。

カウンターのおじさんに食べたいものを指差し注文し、もらった。手始めはサーモンだ。食べてみるとすごくうまい。どうやらイルンは良いバルの街のようだ。

地元の悪じじトリオと見える三人組がやって来て、ワイン片手に何やら話している。絡まれたかったが、相手は絡んでこなかった。私はビールを飲み、何皿かピンチョスを食らった。どれも最高に美味かった。私は会計を済ませて外に出た。何品食べたかは自己申告だった。

もう一軒行こうかと思ったが、なぜだか力が出ず、腹五分目くらいな胃袋を抱えながら、少し歩いた。国境へと通じる道は夕日に輝き、美しかった。それからホテルへと戻った。

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やはり旅は一度終わろうとしていた。しかしこの旅は、いつもとは違う。別の形に姿を変えながら私の中を生きる。進化する。創造され続ける。だから、明日からは全く別のことが待ち受けているのだ。明日からはそう、異邦人としての旅ではなく、住む旅が始まる。そしてその前に、我が人生初となる、徒歩での国境越えである。そう思うと、胸が奮い立った。