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旅、映画、食べ物、哲学?

17都市目:ロンドン(4)〜Let it be〜

ヨーロッパの強烈な日差しを浴びながら、国会議事堂を横目にウェストミンスター橋を渡った。渡りきるのは初めてだ。この先にはサウスバンクと呼ばれる地区があり、有名なシェイクスピアのグローブ座もある。ロンドンの新名所で、私は観たことがなかったシェードという超高層ビルもある。知らないロンドンがそこにある。私は心なしか少し早足で橋を渡った。

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だが、冒険はまだである。腹が減っては冒険はできぬ。私は川の北側で食べ逃した昼食をサウスバンクでいただくことにした。とはいえ、川を渡ってすぐのところは、ロンドン水族館のあたりで家族で賑わう観光地。うまい地元料理があるかはわからない。そんなことを思いながら、ワイワイガヤガヤの、お台場チックな場所を歩いているとやけに混んでいそうなフィッシュ&チップスの店が目に入った。悪くない。面白そうだ。私はここを補給地に選んだ。

店の前にはお姉さんが立っていて、人数とテイクアウェイ(日本式だとテイクアウト、アメリカ式だとトゥーゴー)かどうかを聞いている。中は客で満杯、忙しそうだ。私は一人で、テイクアウェイだと告げ、中に入った。

フランス、スペイン、英国と三カ国だけではあるが旅をしていると面白い現象が起こる。フランスで「フランス語聞き取るのやっぱり難しい」、スペインで「スペイン語案外いけそうだけど、単語力がなぁ」などとあれこれやっているうちに、「でも、英語はいける」と自信がついて来る。そして英国に来てみるとこんな感じになるのである。

「フィッシュ&チップス一つ、あとビールください」

「あい、adWjgtxldtpumt#wg@kd/l#はあっちね」

「えっ?あっ、はい…」

英語、実は全然いけない現象である。そんなこんなで私はフィッシュ&チップスと瓶ビールを受け取るや、ぱっぱと外に出た。よくわからないが、まあいい。私は外の一番ビッグベンがよく見える塀の上に陣取り、ビールをおき、フィッシュ&チップスを開封した。と、その時、私は自分の過ちに気づいた。先ほど「あっちね」と言われたものがなんなのかそこに至ってわかった。ソースである。ヴィネガーだか、ケチャップだか、タルタルソースだかはこの際どうだと良い。とにかく味をつけるものだ。

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英国料理といえばマズイという評判が高い。その一つの要因は味付けの薄さであろう。だが、それに関しては実を言えば、無知な旅行者、無知な留学生が軽率にも流布している誤った評価なのだ。なぜか。確かに英国料理は味が薄い。しかしそれにはれっきとした理由がある。英国は個人主義の帝国だ。味の好みは人それぞれ。英国は好みを押し付けはしない。だからセルフで塩なりなんなりをかけて食べる。だから味が薄い、というか味をつけていないのである。文句を言うなら塩をかけろ。それが英国の掟である。

だから、私がソース無しで出て来てしまったと言うことは、味のないフィッシュ&チップスを食べることになったも同然なのだ。しかもそう言う文化であることを重々承知しながら、フランスとスペインの濃い味文化に呑まれ、ソースをつけると言うことを忘れた私の決して言い訳のできぬミスなのだ。やらかした。戻ろうかとも思ったが、ビールとフィッシュ&チップスをもってまた店内に入るのは面倒だ。入り口には人数調整姉さんだっている。私はこのままで食うことにした。

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一口食べると脂ののったうまいたらの味がする。最高だ。塩さえあれば。仕方ない。これもまた旅だ。そう自分を納得させながら、私はビール片手にうまいたらを素材そのままの味でいただいた。目の前には晴れ渡る青空と英国国会議事堂がデーンと存在していた。

 

食事を終えて川沿いを歩くと、ロンドンアイと呼ばれる大観覧車が見えて来た。サウスバンク再開発の先駆けである。のってみようかとも思ったが、なんとなくお金がもったいなくなり、スルーした。観覧車のそばは屋台が立ち並び、子供やカップルが目を輝かせ、甘ったるいクレープやポップコーンの香りがした。こう言う雰囲気、嫌いではない。むしろ、好きである。

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歩いているうちに、セントポール大聖堂に行きたくなった。これはサウスバンクにはないが、ロンドンの象徴の一つで、なぜだか行ったことのない場所でもあった、名建築家クリストファー・レンが作ったドーム建築だ。元々は英国王室初代国王に数えられるウィリアム1世の頃に建てられたものらしいが、その後何度か焼失した。今のものは、1666年ロンドンのパン屋が出火元となって起こったロンドン大火で焼失したものをレンが建て直して出来上がったらしい。有名なのに、この辺り入ったことすらなかった。いわゆる、シティ、現在では金融街、かつてはロンドン市の中心地である。せっかくだし、バスに乗ることにして、私はバス停を探した。

 

バスが出ているのは、調べたところウォータールー橋からだった。川沿いを伝って、ウォータールー橋に行き、バス停までたどり着くと、色々なバスが出ているらしくてよくわからない。だがまあなんとかなる。私はそれっぽいものに乗り込んだ。ロンドンの一日乗車券はバスにも適用されるから便利だ。

バスは川を越えた。先ほど渡った川だ。テムズ川だ。しばらく私はセントポール大聖堂が見えるのを待った。が、一向に現れない。ずっと待っていると、それこそ知らないロンドンに入って行く。私はこれからどこまで行くんだろう、そんなことを思っていたら、バスの客は私だけになった。バスは停車し、しばらく何か言いたげな雰囲気が車内を包んでいた。すると、アナウンスがなり、「こちらは最後の停車駅となります」と言われた。それくらい、行ってくれれば良いのに、と思いながら私は外に出た。本当に、私の知らないロンドンにたどり着いちまったようだ。

とりあえずバスが来た道を遡って行くと、街並みの感じは完全なるオフィス街であり、おそらくこれが世界一の金融街と呼ばれるシティなんだろうと推測することができた。ここもまた、私の知らないロンドンだ。バスの行き先は間違えたが、なかなか面白い。とはいっても、残念ながら17時くらいには駅に着かなければならない。だから、とりあえず目印となるセントポールまで行かねば。そんなわけで私は禁じ手「グーグルマップ」を使いながらセントポール大聖堂まで歩いた。

 

セントポール大聖堂は案外静かな場所にあった。確かに道路の幅は広く、人もたくさん位はしたが、パリのノートルダム大聖堂バルセロナサグラダファミリアストラスブールの大聖堂、あるいはハノイのサンジョゼフ大聖堂などと違い、街に溶け込んでいる。どーんとそびえるドーム、美しい白色、教会の前に立つエリザベス女王の彫像、教会を取り囲む道路、そこにワサワサといる観光客、その要素要素は観光地らしいのだが、全体として見ると、不思議となに食わぬ感じがあるのである。カトリックイギリス国教会の違いなのだろうか。などと思いながら入り口を見ると、非クリスチャンはお布施を払わねばならないらしい。入ってみたかったが、ここで何故かヘソを曲げてしまった。なぜ、教会に入るのに金を払わねばならないのか。ノートルダムも、サンジョゼフも、ストラスブールも、カンペールも、金はとらなかったはずだ。こしゃくな金儲け帝国め……私はセントポールは階段に座るだけで満足することにした。今思えば、中くらい入ればよかったとおもう。現にこのロンドン旅行で、かなりのポンドが余ったのである(そしてロシアで消えた。どこに消えたのかはわからない)。まあよかろう。ロンドンは町中が面白いのだ。

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セントポール大聖堂は、すぐ横に階段のようなものがあり、それを降りると、川を渡る橋にたどり着く。この橋の名前はミレニアムブリッジ。21世紀の到来とともに開業したが、あまりに多くの人が押し寄せたために、奇抜な形のこの橋は耐えられず、危険なまでにゆらゆらと揺れた。カオス理論と呼ばれる物理学の「非線形科学」の分野で注目される共振現象である。つまり多くの人が不思議と同じペースで歩くようになり、それが大きな力となって橋に負荷としてかかったのだ。その結果、ミレニアムブリッジはしばらく閉鎖された。だが今は現役だ。この橋、映画「ハリーポッターと謎のプリンス」にも登場する。悪の魔法使いヴォルデモートの手下たちによって映画の冒頭で破壊されるのがこの橋だ。ちなみに原作でも橋の破壊の話は出てくるが、原作の世界観ではミレニアム以前となるので、この橋ではなさそうだ。この辺りは絵になるのか、英国ドラマ「ドクター・フー」(なんと50年以上も続くSFドラマ)でも、かなり初期のシリーズでサイバーマンという機械化した宇宙人の侵略シーンで使われている(もちろんミレニアムブリッジ竣工前なので、橋ではなく、教会前の階段が舞台だ)。私はそんなどこか見覚えのあるところを通り、再びサウスバンクへと向かった。

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橋の向こう側には、まるで煙突のような形の層がそびえる現代美術館「テートモダン」がある。そしてそのすぐ左側に見えるのは、シェイクスピアのグローブ座だ。グローブ座はもちろん再建されたもので、シェイクスピアカンパニーという劇団が主に使っている。橋の形が面白いので、渡りきったところで写真を撮っていると、3人組の女性から写真を撮ってくれと言われた。長押ししてとるやつらしく、私は使ったことのない機能なので苦戦しながら撮った。そういえば、さっき食後にウェストミンスター宮殿を眺めているときも、家族連れに写真を頼まれた。どうやら、今日は写真家の日らしい。

現代美術館はそういう気分ではなかったのでスルーし、グローブ座の演目を見た。リア王をやっているらしい。ただ、リア王の気分でもないし、時間も合わない。まあ、今日は歩けということなのだろう。私は川沿いを散歩することにした。

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