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Play Back〜ハードボイルド大学生活〜

ある大学生の日常をハードボイルドなエッセイ調に書く。

大久保オンマイマインド

夕方になるとどっと疲れる割に、朝になって太陽を浴びると元気になるのだから困ったものだ。そして昼間活動的になって、そして家に帰ると再びどっと疲れる。そんな毎日の繰り返しである。

さて、昨日のことだ。わたしは午前十時からバイトの研修が入っていた。そういうわけで、わたしは眠たい体を無理やり起こし(前日は疲れすぎていて逆に寝るのが遅くなってしまった)、バイトの研修を受け、それから職場の近くにあったインドカレー屋で「ほうれん草とインドのカッテージチーズのカレー」を食ったわけだが、店から出ると、天気がいいのである。

あんなに昨日は疲れていて、あんなに朝は眠かったというのに、太陽を浴びると、どうしてだろう、歩かねばならないような気分になる。いや、歩きたい気分になるのだ。少し新宿の方に向かって歩こう、とわたしは思った。なぜ新宿なのか。それは、予てからよく通っていた、紀伊国屋新宿南口店が近々閉店するという噂を聞いたからだ。見納め、とまではいかないが、なんとなく行っておきたかった。

ところが問題があった。それは、この前日の夜も同じ道を歩いたという問題だ。あの日の夜、なんとなく風が気持ちよく、わたしは歩いて新宿まで行こうと思ったのだった。それだから、二日連続で同じ道を歩くということになる。わたしはなんとなくそれが嫌だった。

途中で知らない路地に入る。細い路地だった。昭和の昔からありそうなスナックが立ち並んでいる。その猥雑な感じは悪くなかった。きっと夜はスナックのママになるのであろうおばあさん(ベテラン女子というべきか)が洗濯物を干している。その路地の昼は、心地の良い眠りについているような感じがした。わたしの大学のそばの道なのに、こんなところがあるのか。わたしの知らない世界であった。時間は午前1時ごろ。それならもう、いっそのこと、新宿南口店など放っておいて、どんどん知らない道へと歩いて行こう、そうわたしは思うのであった。

その路地を抜けると大通りへと行き、大通りの向こう側に、商店街が現れた。おそらく、新宿の中心部に近づいて入るのだが、その商店街はいわゆる新宿のイメージとは違う。時間がゆっくりと流れていて、気持ちいい風が吹いていた。しばらく歩くと不思議なコンビニが見えてきた。

そのコンビニは「アジアン市場」のような名前だった。正確なところは覚えていないが、まあ、そんなところである。気になるじゃねえか。第一そんなコンビニを見たことがない。わたしは思い切って入ってみることにした。

そこは異世界だった。まず、客の女子高生がみな韓国語をしゃべっている。普通だと、「〇〇ちゃんの彼氏がー、まじでー」のようなことを言いそうなものだが、それが全編韓国語なのである。そして店員のおばちゃんと客のお母さんも韓国語で話す。むろん、店内にある食べ物は全部ハングル表記。これはとんでもないところに迷い込んじまった。わたしは何か買ってみようかと思ったが、所持金が限りなくゼロに近かったので、とりあえず去るしかなかった。

後で知ったのだが、そのあたりには「韓国学校」があるらしい。いたるところの看板が韓国語で、在日韓国人向けの広報が置いてある。普段は気付かないが、東京には確かに韓国が存在する。そう思うと、なぜだろう、心躍った。ところでわたしはこの夏カナダのモントリオールに語学留学をするのだが、そのガイダンスで「どうしてモントリオールを選んだんですか」と聞かれた。わたしはこう答えた。その時、パッと思い浮かんだ理由だ。「混ざり合った文化に興味があるからです。モントリオールは、フランスとか、英国とか、ユダヤとか、アジアとか、いろいろ混ざっているので」わたしは混ざりあった文化が好きなのだ。

ふと思いついた。そういえば、もっと大規模な韓国が東京にはあるじゃないか。「大久保」だ。そこにいこう。

偶然だろうか、神の思し召しだろうか、大久保はその場所のそばにあった。もちろん、そばとはいえど、結構な長さの道を歩いた。すると突然だ。人だかりがある。それが大久保だった。建増しを繰り返したような建物、それから看板に溢れるハングル。店内から聞こえるのは韓国語。匂ってくるのはニンニク、ごま油。そしてKPOPの音楽が響く。行ったことはないが、韓国とはこのようなところなのではないか、と思った。

おもしろかったのは、大久保はコリアンだけの町ではないということだった。道にあふれているのは韓国料理だけではなく、トルコのケバブ屋、ヴェトナムのフォー屋、そして大量のネパール料理屋(インドでもパキスタンでもなく、ネパール)……。そこはもう、エスニック料理の聖地だった。素晴らしいケバブの香りが漂い、ヴェトナムの旗がはためく。太陽の光を浴びながら歩けば、もう、旅人気分である。

そんな雑踏が路地裏まで広がっている。客引きが立っていて、音楽が響いている。それはまるで東南アジアか何かのようなだった。人々も開放的だ。余談だが、突然おばあさんに呼び止められて、「かっこいいじゃない」とナンパされるという謎エピソードもあった。おばあさんだったので若干残念(?)ではあったが、まあとにかく、わたしは歩き続けた。KPOP女子たちは、道端を歩く無名のアイドルユニットを見て黄色い声援を送り、市場のようなものの中ではおばちゃんがキムチ鍋を煮ている。ここでも何か買いたかったが、懐具合と胃袋具合がそれを許さない。

だがそれは序の口だった。ハングルに少々飽きていたわたしは、新大久保駅を抜け、大久保駅の方へと向かった。そこにはもうKPOP女子も、開放的なおばあさんもいなかった。普通の町、一見するとそうだった。だが、確かに看板にはハングルが並んでいるし、ただならぬ空気はあった。

試しに路地に入ってみた。そこは異世界だった。

ネパール料理屋の横に、今まで見なかった旗がある。おそらく、インドネシアの旗だった。ちょっと歩いてみると、「ARABIC」の文字。ケバブを焼いている。周りにはインドネシア人なのだろうか、いろいろな人種の人が溜まっていた。向かいの店はヴェトナムフォー。そしてケバブの店の隣には、インド系の人が買い物をしている青果店があった。食事はできないが、この雰囲気、ぜひからで感じたい。わたしは青果店のそばへ歩いて行ってみた。その時だ。つーんと鼻をつく野菜の香りがした。間違いない。これはわたしがヴェトナムの市場で嗅いだ匂いだ。なんとなく涙が出そうになった。

そんな郷(?)愁の青果店を抜けると、突如ヴェトナムの国旗が掲げられている建物があった。その前にはトラックが止められ、おそらくインドネシア系と思しき人たちがトラックの中に座っている。大通りに戻ると、インドネシア系の子供がぶらぶらしている。まるでアジアだ。心が震えた。

最近なんとなく忙しいものだから、疲れが溜まっていた。ああ、どこかに行ってしまいたいとふと思う時もある。旅に出たいとは常に思っているが、特に思っていた。だからだろう、大久保はわたしにインパクトを与えた。また行ってみたい。いつも旅から帰るとわたしは極端に無気力になる。そういう時も大久保へ行けばいい。そう、大久保は呼んでいるのだ。