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ある大学生の日常をエッセイ調にかっこつけて書く。

おお、カナダ

突然だが、わたしは今カナダのモントリオールにいる。語学研修というやつで、三週間滞在することになっている。それで今日は二日目だ。本当は昨日の話を昨日書こうと思っていたのだが、ものすごい眠気によってそれは辛くも中断せざるをえなくなった。

1日目のことを書きたい、そう思ったのには理由がある。飛行機に乗って、十二時間かけれモントリオールにつき、それで宿泊先についた1日だったが、それ以上のことが起きすぎたからだ。本当に濃厚な1日だった。

というのは、だ。日本からカナダ国内の経由地トロントまでの飛行機は割と順調に進んだのだが、トロントからモントリオールまでのたった一時間のフライトがとんでもないことになったのである。空港について、トランジットのモニターを見たとき、30分の遅れと書かれていた。まあ、そういうこともあるか、と平気な顔でチェックインし(入国審査で「Why Canada?」と聞かれて、「どうして行先は星の数ほどあるのに、よりにもよってカナダを選んだの」と聞かれたのかと思って狼狽するという事件はあったがそれ以外は順調だった)、それから待合席に座った。だがどういうわけか、予定の時間になっても呼び出されない。おかしいな、とまたモニターを見ると、いつの間にか一時間の遅れになっている。まあそれくらいはある。そうは思ったものの、それでも予定時間になっても呼ばれない。おかしいな、と思っていたら、呼び出しの声がかかった。

だが、それでも、話はまだまだ続く。

客室に乗り込んで座っていると、いつまでも飛行機は動き出さないのだ。これはおかしい。明らかにおかしい。誰もがそう思っていた。だが、アナウンスは声がこもっていて上手く聞こえない。だからわたしには「キャビン」と「メキャニカル・トラブル」くらいしかわからないのだ。でもとにかく何かが起きているのは確かである。私たちは待った。ただひたすらに待った。それでも呼ばれず、疲れからか、わたしもみんなもふっと眠りに落ちてしまうことがなんどもあった。だが、何度寝落ちして、何度起き上がっても、飛行機は動き出さないのである。そうこうするうちに、「メキャニカル・トラブル」は「フィックス」された、という連絡が入り、客室乗務員が「リクライニングシートをあげろ」だのなんだの言い始めた。いよいよ出発だ。希望の光は見えた。始めは明るかった空も、今では暗くなるほどに待たされたが、これで先に進める。

そう思った、矢先のことである。

確かに、飛行機は動き出した。だが、決して飛び立とうとはしなかったのだ。まるで車のようにずーっとずーっと走り続けている。走り続けるのはいいことだが、飛び立たなければ意味がない。またも私たちはウトウトし始めた。寝ては起き、寝ては起き、を繰り返し。それでもまだ、目の前にある窓の外はトロントのまま。これに一時間ほど要して、ついに飛行機は飛び立った。

待たされて、待たされて。私たちは憔悴しきった体でそれをやられたために、飛行機内では愚痴をいい続けていた。だが、思いがけないプレゼントもあった。まず、夜景だ。カナダのだだっ広くて計画された街に光が灯る姿を飛行機の上から眺め見ることができたのである。それは、トロントモントリオールの二回楽しめた。そして二回目、つまりモントリオールの夜景は一足違った。遠くの方で、何かが光っているのだ。それは花火だった。テレビでしか見ることのない、「花火を真上から見てみよう」をやってしまったのだ。形が分かりにくいやつだと、泡がはじけるようにしかみえなかったが、丸いやつだと、一個の球があるようだった。かなり低空だったので、花火ってのは意外と近い世界なんだなあと思った。隅田川花火大会の日に、空からモントリオールの花火を見るなんて、神様は随分と粋な働きをしてくれるじゃねえか。などと、たいして進行してもいない神に褒め言葉をかけ、悪いことがあったらいいことがある、この世界はうまくできているもんだ、と思ったのだった。

それが1日目のハイライトである。二日目は自由時間を有効利用して、例のごとく個人行動をとった。街の雰囲気を知るために、あえて強行ルートをとった、といえばまるで計画性のあったもののようだが、実際は違う。テキトーに歩いていたら、いつの間にやらいろいろなところに行っていたのである。まず、宿舎からそう遠くないところにとてもいい公園を発見し、朝、ヘルパー的な役回りの人に貰ったリンゴをかじった。それから宿舎らへんをうろつき、宿舎で昼食をとった。そのあとはみんなが買い物に行くのを「楽しそうだなあ」と少しばかり思いつつ、モントリオールの山の麓に登ってぶらぶら、降りてきてダウンタウンをぶらぶら、公園で「$%&#ライト」というカナダ産ではなさそうな謎のビールを成り行きで買って、風を感じながらごくりと飲んだ。そのあとは、ユダヤ人街があるというウトルモン(OUTREMONT)にいこうとして地下鉄のパスがまだ有効期間でないせいで行けなかった。

「ならばモントリオールの川を見よう、「山」と来たら「川」と来る、と赤穂浪士も言っていたじゃないか」と川の方に向かった。とはいえ、川は遠かった。全くたどり着かない。そうこうするうちに面白い建物が並んでいる界隈や、ちょっと危ない感じの猥雑な界隈や、ヴェトナム料理やが並ぶ界隈や、中華街にたどり着いた(危ない界隈でも、普通のダウンタウンでも、この街では多くの物乞いを目にした。ヨーロッパよりいる。なんだか、頭の中に地図を作るという伊能忠敬ばりの行動は、暗い現実まで地図に組み込むことを強いる行動でもあったようだ)。ええい、こうなったらなんとでもなれ、と中華街をグーっと抜けて(ここに来ると人種が一気にアジア系になり、観光客が一気にヴェトナム人になるのが面白い)川の方へとひたすら歩いた。だが、川にはつかない。いつの間にかわい雑だった街並みは、清楚な官庁街になった。どうなるのかなと歩いていたら、いつの間にか、パリのシテ島界隈にあるような古い建築物が目の前に現れた。「ああ、これが旧市街というやつか」わたしはちょっと旧市街を歩こうという気になった。かくして旧市街を回り、なんとか宿舎に着いたのだが、なんと明日も旧市街に行くらしいではないか。まあいい。これで、頭の中になんとなくモントリオールの地図ができたのである。これはきっといつか役に立つだろう、と自分を納得させるわたしであった。

そういうわけで、二日目が終わった。今日から部屋に同居人のイタリア人が来るらしい。イタリア人にイタリア語で話しかけて怒られた経験があるので、少しばかり怖い。だが、なんとかなるだろう、と思っている。