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旅、映画、食べ物、哲学?

17都市目:ロンドン(1)〜First Train to London/Here comes the sun〜

ロンドンは3度目である。シャーロックホームズやハリーポッターの世界にどっぷり浸かっていた小学校6年の夏に家族で行ったのと、それから高校一年の時にアスコットに語学研修で行った時のエクスカーションで行ったのが、わたしのロンドン経験の全てだ。しかも、エクスカーションの最大の目的はミュージカル「オペラ座の怪人」を見る事だったから、そんなに滞在したわけではない。だが長く憧れて来たロンドンという街は、わたしにとっては懐かしい街だった。

そもそもなぜ1日だけ一人でロンドンに行くことにしたかというと、アパルトマンの友人二人がモンサンミッシェルに行きたいと言ったからだ。いや、元から小旅行の予定はあった。密かにロンドンに行こうと思ってはいた。だから友人が、ほんの数日前に私の行ったところにゆくのなら、一人ででもロンドンに行ってやろうというわけだ。どうしてもロンドンに行きたくなってしまったのである。

そんなこんなで、ヨーロッパ大陸グレートブリテン島を結ぶユーロスターを残ったユーレイルパスを駆使して予約し(それでも60ユーロしたからひどいものだ)、朝七時の列車に乗ることになった。おそらく始発列車だ。着くのは朝八時半。すると1時間で着くのかと思いきや、これはとらっぷである。英仏間には1時間の時差があるから、八時半とはフランスでいう九時半のことなのである。つまり時差を抜きで考えると2時間の列車の旅となる。

治安が悪いこと実証済み(前回友人が募金詐欺にあったし、同時多発テロが起きた場所にほど近い)のパリ北駅に早朝たどり着き、ガランとした駅舎を早足で歩いて、ユーロスターの発着駅へと入る。朝七時はフランスではまだ暗い。日本でいう朝四時くらいの感じだ。多分サマータイムやら何やらのせいだが、わたしにはそんな難しいことは分からない。

ユーロスターのシステムは面白くて、フランスの駅舎で英国の入国審査が行われる。そう、英国はまだEU域内だが、いわゆるシェンゲン条約の締約国ではないため、パスポートチェックなしには入国できないのだ。「条約(合意)は第三国を益しも害しもしない(pacta tertiis nec nocent nec prosunt)」。ここ、テストに出る。

世界一厳しいとも言われる英国の入国審査だもんだから、なかなか緊張して行ったが、案外スムーズだった。むろん、パスポートの国籍を見ただけで、「コンバンハ!」となるフランスとは違うが、日帰りだったこともあり、大したことはなかった。

「1日というと、つまり、今日帰ってくるってことですか?」

「はい。日帰りです」

「パリに住んでるの?」

「えーっと、滞在してます」

とまあこんな会話をしたら、通してもらえた。一安心だ。

飲み物だけ買って、列車に乗り込むと、列車は朝日輝くヨーロッパの大地を駆け抜けた。わたしが一度も降りたことのないピカルディの大地だ。フランスとベルギーの国境にほど近いこの地方は、フランス革命の志士ロベスピエール、デムーランの故郷である。程なくしてリールを過ぎた電車はカレ付近でトンネルに入った。いわゆるユーロトンネルである。

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トンネルを越えるとそこは島国だった。と言っても一見しただけでは違いも何もない。ただ線路を走る電車が見えるだけだ。広告は英語だが、今のご時世英語なんて珍しくもなんともない。ただ、目を凝らしてみると、車線が日本と同じである。そう、イングランドにやってきてしまったのだ。

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パリ北駅からほんの2時間で到着したのは、ロンドンのセントパンクラス駅だ。映画「ハリー・ポッターと秘密の部屋」で空飛ぶ車が飛び立つ駅であり、となりはホグワーツ魔法魔術学校行きの特急が出る9と3/4番線のあるキングスクロス駅である。とはいえ、入国審査もパリで済ませたのでなく、存外簡単に出られてしまい、挙げ句の果てには出たすぐ目の前にあったのがフランス語の看板だったこともあり、実感は沸かなかった。とりあえず、ポンドを手に入れよう。わたしは両替をした。

初トイレを果たし、わたしはとりあえず駅の外に出てパブを探した。英国ではパブは夜だけのものではなく、朝は朝ごはんが食えると聞いていたからだ。珍しく電車の中でパンを食べなかったのは、パブの温かい朝食が目当てであった。赤いレンガの時計台で有名なセントパンクラス駅を出て、横断歩道の向こうをみるとパブが一軒あるのが見えた。よし、今日の朝食はあそこで食べよう。

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パブに入ると、まずはテーブルを決め、そしてパブのカウンターで飲み物と食事を頼む。用意に時間がかかるものは、後でテーブルに持ってきてくれるので、テーブル番号をパブの人に伝えないといけない。パブを使ったことがないわけではなかったが、あまりそう言うことも知らずに行ったのであたふたしてしまったが、なんとか「クラシック」つまりいわゆるイングリッシュブレックファストを頼むことができた。

席で待っていると、お姉さんがワンプレートに乗せられたパン、卵、ソーセージ、ベーコン、よくわからないフライ、豆を煮たやつが運ばれてきた。そう、これが食いたかった。英国アスコットに語学研修していた時はもっとひどい朝食だったが、英国といえば朝食だ。わたしは、今日ばかりは紅茶を片手に朝食を食べた。最初味がなかったが、英国では自分で塩をかけるのが礼儀である。これを知らずに英国を罵倒する人がいるが、日本の刺身だってそのまま食べると思い込んでる人は怒るだろう。同じことである。ささっと塩をかければ、うまい朝食の出来上がりだ。味の好みは人それぞれ、だから味付けもそれぞれに任せる。個人主義、ここに極まれり、だ。

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店員に「thank you」と伝え、街に繰り出した。空気はフランスよりもスカッとしている。ロンドンといえば雨と霧、曇り空の街だが、今日はちょっと違うらしい。運はわたしに味方したようで、快晴である。とりあえずセントパンクラス駅に入り、地下鉄の駅に降りて、ワンデイパスを買うことにした。小学校時代の記憶を辿り、そのようなものがあったことを思い出したのだ。自販機でパスを買ってから、わたしはこの先どうしようか初めて考えた。ロンドンに来たものの、何をしようか。大英博物館は1日でも見切れなかったから、危険だ。と、わたしは一箇所、ロンドンで一度も行っていなかった場所を思い出した。その場所へは、セントパンクラスから、シャーロックホームズの住処のあるベーカー街へ向かい、ベーカー街駅で別の電車に乗り換えればたどり着く。駅名は、アビーロードである。

 

アビーロード。それは、伝説的な60年代のロックバンドであるthe Beatlesの事実上のラストアルバムのタイトルとして知られ(実際には、ラストアルバムLet it beが出てる他、それからもベスト盤やパストマスターズ、アンソロジーなどが出ている)、彼らの本拠地であるアビーロードスタジオがある場所でもある。そんなこと知らなくても、四人のビートルズのメンバーが横断歩道を歩いているジャケットは一度くらいは見た人もいるだろう。そのビートルズの聖地とも言える場所には、以前はそこまで熱が入っていなかったこともあり、訪れてはいなかった。今回は、ポールのライヴにもいったし、ビートルズファン、というかいわゆるビートルマニアの友人もいるし、行ってみようと思っていた。

少々迷いながら行ってみると、運悪くアビーロードは工事中であった。もしかしたら、穴を埋めているのかもしれない(Fixing a hall)。それに、一人で来てしまったので、アビーロードのジャケットの再現などといった楽しいこともできず、ただただ無人の横断歩道を写すだけになってしまった。だがそれでよい。わかる人にはわかるのだ。それに、横断歩道のそばにあったアビーロードスタジオは感動的だった。中にはもちろん入れないが、いろいろな人の愛のある落書きがあり、ビートルズの影響力の強さをうかがわせた。今でもスタジオとして機能しているように見えた。

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わかるひとにはわかる。わからないひとにはただの道。

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といっても、道とスタジオがあるだけなので、長居ができるわけでもなく、私はそのアビーロードを南へ下り、ベーカー街のほうへ行くことにした。快晴の中、単純な性格ゆえ、頭の中でアビーロード収録の「Here comes the sun」を流しながら。