Play Back

ある大学生の日常をエッセイ調にかっこつけて書く。

10都市目:ビルボ(2)〜はしごの夜〜

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

本来なら、旅の第1部(8/10〜8/20)を書き終えて、新年の話でもしようかと思ったが、まだ終わっていないので、ビルバオの続きを話そうと思う。

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さて、やっとの思いでホテルを見つけたわたしは、外に繰り出した。もう夕食の時間だ。街も夕方の雰囲気である。わたしはホテルの人に教えてもらった、バルのたくさんある界隈に行くことにした。今日は飲みたい気分だ。いろんなことがありすぎた。それに、バルといえばバスク名物。たらふく飲もう。

まず立ち寄ったのは、大きな広場だった。スペイン式の真四角のピロティ風の広場の真ん中にはステージが設けられ、祭りの前夜祭の空気感を醸し出している。とはいっても、広場を取り囲むようにバルがたくさんあるので、誰に入るべきか迷う。わたしは何周かして、一番賑わっているところを狙う「リヨン計画(3都市目:リヨン〜リベンジするは我にあり〜 - Play Backを参照)」を実施することにした。

しばらくうろついていると、広場の入り口付近に良さそうなバルがあった。バルでの一杯やり方は知っていたが、なんとなく人恋しく、手前で飲んでいる女性に声をかけた。

「どうしたらいいでしょうか?バルは初めてで」と言うと、

「カウンターの奥の人にオーダーするのよ」と返した。女性は、すると、カウンターのところにいる人を呼んでくれた。カウンターにいる人はお皿を私にくれた。お皿をもらったということはバルの食事が始まるということだ。

「Gracias(ありがとう)」

「De nada(なんでもないわ)」

「¡Una cerveza, por favor!(ビール一つお願いします!)」と店のおばさんに頼んだ。それから、生ハムピンチョスを指差した。バスクはバルの本場であると共に、生ハムの本場でもある。それから青魚も。要するに、バスクは呑んべえ天国である。

バルは立ち飲み屋のようになっていて、店内も大きくないので人がワイワイガヤガヤと詰め込まれている。私はビールを飲み、ハムをつまんだ。うまい。誰かと話したかったが、周りにいる人たちは団体客ばかりであまり声をかけやすそうではない。残念だが、仕方ない。今までの旅の中で、これほど人とのつながりを求めたことはないし、普段だってそうだ。だが、この日はそれが必要だった。

私は会計をすませると、すぐに別の店に移ることにした。空腹のまま広場をうろちょろしたが、どこに入るか検討がつけられない。どこも繁盛していそうだった。それなので、「バル・ビルバオ」という由緒正しそうなバルに入ることにした。適度な混み方だ。

「Kaixo!(おばんです)」とバスク語で挨拶をして、席に着いた。バルを切り盛りしている人は忙しそうだ。声をかけるのも大変そうである。それにどの人も、どことなく顔つきが険しく、筋肉質だ。しかし、とりあえず……

「Una cerveza, por favor(ビールを一杯)」と頼んだ。それから、お皿をもらってゲームスタートである。

今まであまり説明しなかったが、一応ここで説明しよう。バルのルールは単純である。まず、挨拶、それから、お皿と一杯目をもらう。お皿をもらったら、基本的に、自分の手の届くピンチョスは自分で取る。ピンチョスは大抵、下にパン、上に生ハムや魚などの「ネタ」が乗っており、それを貫くように爪楊枝がぶっ刺さっている。この爪楊枝が大事だ。「君の名は」よろしく、「爪楊枝が入ってるんですけど」とクレームをつけるわけではない。そうではなくて、この爪楊枝の数がとったピンチョスの数になるのだ。だから会計の時は、その爪楊枝の数を数えて、店員に申告する。回転ずしで例えるなら、お皿になるわけだ。みなさんも、バスク地方に行く機会があったら試してほしい。まあ、このような知識、なければない方が、会話の種になって良いのだが。

席に着いてみると、どうだろう。目の前に、昨日、一昨日とマドリードで通い詰めたバルで私が気に入った青魚にドライトマトを乗せたピンチョスがあるではないか。私はすぐさまそれを取り、パクリと食べた。マドリードの方が味が薄く、食べやすかった。しかし、しょっぱいビルバオスタイルのピンチョスも、酒と一緒となるとかなり場に映えてくる。しょっぱさが口に残っている中に、ぐいっとセルベサ(ビール)を流し込めば、気分も最高だ。

その勢いで、私は幾つかピンチョスをぱくつきながら、ビールを飲んだ。どれも味が濃いめで、酒が進む味だった。極上のピンチョス、とまではいかないが、飲み屋としては良いのではないか。などと、評論家ぶっていると、バスク人のおっさんが入ってきて、店員に、

「Aizu! Txacolia mesedez(アイスゥー!チャコリア・メシェデス:ええが?チャコリさ、一杯ほしいんじゃけんじょ)」と頼んだ。

チャコリ。それはバスクの地酒だ。スペイン語会話でも、バスク語の本でも目にした単語だった。これは試さずにはいられない。わたしも、

「Un chacoli, por favor(チャコリを一杯お願いします)」とビールを飲み干すなり頼んだ。いかつい店員が、おもむろに瓶を取り出し、高い位置からグラスにじょぼじょぼじょぼっとチャコリを注いだ。高い位置から、まるで「相棒」の杉下右京のごとく、あるいは中川家の真似するお茶を入れる中国人のごとく、注いで見せるのが、チャコリの飲み方のようだった。

目の前に置かれたのは、シャンパンのようなお酒だった。スパークリングで、白。私にとってシャンパンは好きでも嫌いでもない代物だったので、案外普通だなあという気分で飲んでみると、そこまでの驚きがあるわけでもなかった。強いて言うなら、フルーティで甘い。酸っぱさよりも、どことなくメロンを思わせるすっきりした甘さがある。飲みやすいので、すいすい飲めてしまう。

ふと左に目をやると、スタイリッシュなおじさんが一人で飲んでいた。おじさんはスペイン語ができないのか、身振り手振りで店員と会話している。例えば、奥の方にあるピンチョスがほしい時は、「卵のやつ」程度の英語を話しながら、大皿を指差す。すると店員は、隣にいる女性の店員の方を悪戯っぽく指差して、「この子がほしいの?」という顔をする。おじさんははははとごまかす。店員はボケるのをやめて、お皿から卵を持ってくる。多分このおじさんも一人旅の旅人なのだろう。

「Hola(こんにちは)、旅行者ですか?」とわたしはおじさんに声をかけてみた。

「ええ、そうです」とおじさんはちょっと驚いたように答えた。

「僕もです。どちらから?」と私は言った。

「フランスです」おじさんは答えた。

「へえ。Je parle français un peu(フランス語ちょっとだけ話せます)」と私は言ってみた。おじさんはますます驚いた顔をした。それから何やら言ったのだが、周りがうるさくて、聞き取れなかった。多分フランス語だ。

「Pardon?(もう一度お願いします)」というと、

「ヨーロッパは長いんですか?」と英語で言う。英語になってしまったが仕方あるまい。

「いえ。これはヴァカンスなので、日本から」と答えた。

ビルバオはいつからいたんです?」

「実は先ほど着いたばかりなんです。実を言うと、祭りの前だって知らなくて、危うくホテルを取れないところでした」私はちょっと笑いながら先ほどまでのことを話した。

「で、結局取れたんですよね?」とおじさんは不安げな表情で尋ねる。

「ええ、なんとか。でも、僕のような貧乏な学生旅行者にとっては高いホテルになってしまいました」私は慌てて付け加えた。

「わかりますよ。私だって昔は学生でしたからね。私の方は、ビルバオの祭りのことは知っていたので、ネットで予約しましたよ。でも、明日には出ないといけないんです」おじさんは言った。

「僕もなんです、残念ながら」

「そうかあ……」

ビルバオにはいつからいらしたんですか?」

「わたしは、二日前です。このバルもずっときていますよ。ここの人たちは本当に面白い。あなたはどうしてこのバルに入ったんです?」おじさんは尋ねた。

「ええっと……人がたくさんいたからです。あなたは?」と答えるとおじさんは笑って、

「ガイドブックに書いてありました」なーんだ、そういう店なのか。有名なようだ。確かに、バルの中には、スペイン人の他に、ドイツ人などいろいろな人がいる。さきほど、スペイン語が流暢で神経質そうなドイツ人のお母さんがオーダーしていた。おじさんは、さらに「スペイン中を旅しているんですか?」と尋ねてきた。

「フランスとスペインです」私は答えた。

「そうか、フランスにもね。どこに行ったんですか?」

ストラスブールディジョン、リヨン、アヴィニョンニームトゥールーズ……それから国境を越えて、バルセロナマドリード、トレドです。明後日からボルドーでホームステイをするので、明日にはスペインを出てバイヨンヌにいくつもりです」と、答えると、おじさんは、

バルセロナの不幸(disaster)を聞きましたか?」と言った。

「ええ、あれの1日前にバルセロナにいました」私は答えた。

「実は私もそうでした。それからビルバオに来たので」奇遇なことだった。同じような人がいたとは。となると、駅か何かですれ違っていたのかもしれない。しばらく神妙な雰囲気が流れたが、おじさんは話題を明るくしようと、

「どこが一番でした?」と尋ねた。

「難しいですね……バルセロナが大好きでした」私はそう答えた。おじさんは悪戯っぽく、

「フランスは?」と聞いてきた。

ニーム、好きでしたよ」とこたえると、おじさんはゆっくりと頷いていた。

「大学では何をやってるんです?」おじさんは尋ねた。

「哲学です。フランス哲学をやっています」哲学は日本と違ってフランスでは随分と市民権を得ている、そんな情報があったので、私はあえてアピールしてみた。

「哲学かぁ。もう忘れてしまいました」おじさんは笑った。「誰のやつですか? デカルト? パスカル? ルソー?」

ベルクソンです」私は答える。

「ああ、知ってますよ。でも忘れましたね、内容は。私は建築家をやってます。だからアートが好きでしてね。ヨーロッパを回っては見ています」

「アートですか、いいですね」

グッゲンハイム美術館みました?」とおじさん。

「まだ行ってません。ビルバオに着いたのが6時くらいでしたからね……」私がそういうと、おじさんは、

「あれは見たほうがいい。最高ですよ」と言った。

「へえ、行ってみます。そうだ、バスクに興味があるんですけど、バスク文化の博物館とかありませんでしたか?」私は尋ねてみた。昨日のトレドのセファラディーム博物館のようなものをみたかった。

「いえ、残念ですけど」

しばらく沈黙があった。わたしは、

「ここの料理でどれが一番良かったですか?」と尋ねてみた。それを食おうと思ったのだ。

「そうだな、卵かな。卵は美味しかったです。あと、あのサーモンと、ハム」おじさんはそう答えた。

しばらくして、おじさんは「私は川沿いを散歩してから帰ります」と答えてバルを後にした。私は、おじさんセレクトのサーモンのピンチョスを、チャコリと一緒に食べ、それから会計のサインを出した。

「¿Tres?(三つかい?)」と厳ついおっさんが言った。

「No, seis(いや、六つ食べました)」私は誠実に答え、バルの会計を済ませた。

 

 外に出ると日暮れの時刻だった。今まで日暮れ前には帰っていたが、今日はまだまだ飲み足りぬ。そう言う夜もあるものだ。テロにあっちゃいけない、危ない目にあっちゃいけないと思う一方で、どうなってもいいような気もしてくる。私は半ばやけくそだったのか、夜のビルバオを徘徊した。

広場の外にも、バルはごまんとあった。しかしどれもなんとなく入りづらい。やけくそな割には、入る店を選んでしまうのだ。私は交流が欲しくて、地元民たちが歌っているバルに当たりをつけた。その店の向かいにも虹色の旗を掲げたバルがあって盛況だった。そう言う地区かもしれないが、構うまい。

「Kaixo!(おばんです)」と声をかけて、バルの席に着いた。そこは二人の男性に切り盛りされていた。カップルかもしれない。

くる前にバスク語をちょっとやったので、私はここはバスク語で行こうと心に込めていた。それなので、私は、

「Txacolia mesedez(チャコリさ、いただきたいんだけんじょ)」と頼んだ。店員のピアスをした男性は少し驚きながら、静かにチャコリの瓶を出し、上から注いだ。

チャコリを手に入れた私は、カウンターにのるピンチョスを指差して、

「Mesedez!(いただきたいんだけんじょ!)」と頼んだ。これにあたる単語を忘れたのである。こんなもんだ。

店員は無言のままさらに取ってくれた。少なくとも通じてはいるようだ。

「Eskerrik asko(エシケリク・アシコ:ありがとなし)」と答えると、店員はぺこりと頷いた。

見回してみると、店は何かの競技のグッズであふれていた。それは、アスレチックビルバオというサッカーチームのものらしかった。白地に赤い線が入ったユニフォームにはたくさんのサインが書かれている。ビートルズアビーロードのジャケットにでてくるビートルズの四人にユニフォームを着せた写真が飾ってある。

カウンターの隣には常連と思しきおじいさんおばあさんがいて歌を歌っている。いい雰囲気だ。なんとなく、「紅の豚」にでてきそうである。

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親戚は関西、生まれは山梨、育ちは埼玉、途中で1年間ベルリン、そのあとは東京で長く暮らしている私にとって、こうした「地元」感は憧れの的だ。昔はちょっと面倒だなと思っていたし、いざその場にいると嫌なのだろうが、こうやって知った顔で飲み明かし、祭りをやるっていうのには憧れる。ビルバオ人でもないくせに、どことない郷愁を感じた。

もう一人の店員が近くにやってきて、何やらスペイン語で尋ねてきた。だがわからないので、

「Perdon, ¿habla ingres? Porque no puedo...(すみません、英語話しますか?あの、スペイン語は僕は…)」

「ああ、そでしたか。すません。あなたを見たことがあります、たぶん、雑誌かテレビで…」と店員、というかオーナーらしき男が言う。誰に見間違えられているんだろう。

「ええっと、たぶん違う人ですね。僕はフツーのただの日本人旅行者で…」と私は状況を面白く感じつつ、少し戸惑いながら、言った。

「すみません」店員は会釈をして向こうの方に行ってしまった。わたしの表情が固かったのか。少し反省をして、店員を呼び止め、目の前にあったトマトソース色の煮込みの器を指差して、

「これはなんですか?」と尋ねた。

「これは、レバーの煮込みです。ソースはビスケーズ風」と店員が答える。要するにモツ煮込みというやつだ。うまそうではないか。ビスケーというと、バスク地方近郊の海だ。私は一つ頼むことにした。飲み物が足りなかったのでもう一杯チャコリを頼んだ。ビールも含めてバスクの酒は不思議と酔わない。

店員がカウンター上の煮込みをチンした時は、おっ?と思ったが、まあいいだろう。大衆食堂なのだから。味はというと、ビルバオ風ピンチョスの味に慣れてきたせいか、ちと薄いように感じたが、うまかった。モツもうまい。チャコリは相変わらず風味豊かで口の中に甘さが広がる。

しばらくその店にいたあと、私は会計を済ませて外に出た。11:00くらいになっていた。だがホテルに帰る気分にはならなかった。高めのホテルだし、門限はないだろうし、単純に今すぐに寝たくはなかった。まだ、ダメだった。そう思いながら夜の街を歩いていると、向こうの方でブラスバンドの音が聞こえてきた。行ってみるしかないではないか。