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旅、映画、食べ物、哲学?

チケットとスヴラキと優しさ〜パトラ〜

パトラの港の使い勝手はバーリのそれと比べて格段に良かった。船から降りて少し歩いたところにシャトルバス乗り場があり、そのバスに乗れば、すぐに中心部まで運んでくれる。ただ、もしかすると、気づかなかっただけでバーリにもあったのかもしれない。

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パトラ港

パトラ市内にシャトルバスが入ると、イタリアとは異なる雰囲気の街が目に飛び込んできた。まず、文字である。かつて大学の哲学史の授業で学んだθやβやΔやΛなどのギリシア文字が、平然と使われている。当たり前といえば当たり前なのだが、なんだか面白い。そして次に教会だ。ギリシアでは、イタリアとは異なり、カトリックではなく正教会が広く信仰されており、街中に見える聖堂は、イタリアやフランス、スペインの様式とは異なっていた。どちらかといえばドームのようなのだが、屋根の部分に色が付いていて、イタリアのサン・ピエトロ大聖堂より小ぶりである。その周りには小さなドームを頂く塔がいくつか建っている。

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正教会らしい教会

ギリシアらしい風景はもう一つある。それは山である。船がパトラについた時から気づいていたが、ギリシアはとにかく山である。それもかなり堂々とした見た目の山が街や港を見下ろしているのだ。友人の一人はこれを「山々しい」と表現したが、言い得て妙な姿をギリシアの山はしている。古代ギリシアの人々は、山の上に神々が住んでいると考えた。有名なオリュンポスの十二神である。このような山だらけの地形ならば、それも理解できる。

思うに神の信仰は、神がいそうな雰囲気というものに支えられている。日本で言えば、熊野なんかは何かいそうな雰囲気だし、教会はいるぞという演出がうまい(気分を害されたら申し訳ない)。その点ギリシアの山は何かいそうである。

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港から見た山々しい山

それにしてもバスから見る初めての国というのは、早く中に入りたいと思いながらも、下車を許してくれない、というジレンマが心を焦らしてくる。両替所、日常品店、公園、そんなものが現れては消えてゆく。

 

パトラからアテネまではバスで行く人が多いらしく、列車の案内がない。なぜそれでも列車を選んだかというと、単純に安いからである。もちろん、電車という手段に多少のロマンを感じなかったといえば、それは嘘になるが。

シャトルバスの運転手に聞くと、バスターミナルから少し歩いたところに駅はあるらしい。とりあえずバスから降りて、駅を目指す。にしても暑い。さすがはギリシアだ、イタリアとは違う。日差しは強く、三月ゆえにまだ本気を出していないとはいえ、なかなかのものがある。

しばらく歩くと、向かって右側に、見覚えのあるエンブレムが見えた。思い出してみれば、それは確か、ユーレイルパスというヨーロッパほぼ全体で使える青春18きっぷのようなものについてきた地図に書かれていたギリシアと鉄道のマークだった。旅に出られないとき、件の地図を見ながら妄想していたのが功を奏したわけだ。

駅は使われてないと思い込んでいたが、実はそうではないらしい。アテネまで通っていないだけのようだ。まるで路面電車のような電車が駅に入ったり出たりしている。電車は落書きが多く、ギリシアという国が経済危機に陥ったことを嫌でも思い出す。駅舎に入るやいなや、物乞いの少年がやってきたこともまた、そうである。この国は間違いなくまだ立ち直りきれていないのである。

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まるで路面電車のように走る電車

 

チケット売り場は結構並んでいた。ゆっくりと進む列に並び、人数分のチケットを頼んだ。六人のうち二人は国際学生証がなかったので、

「学生四人と大人二人」というと、窓口のお姉さんが、

「大人二人の年齢は幾つですか?」と流暢な英語で尋ねる。この国の人は英語がみんなできる。

「22と23です」

「わかりました」チケットを見ると全員分学生料金になっていた。お姉さんの優しさか、フランス同様、学生かどうかではなく年齢で割引をするのかその辺はよくわからない。ギリシア人は、優しかった思い出があるからだ。

チケットは14時に駅の目の前から出るバスに乗るよう指定していた。あまり時間はないが腹ごしらえはしておきたい。それも、ギリシア料理でだ。そう言うわけでとにかくレストランを探したのだが、どうも見当たらない。

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パトラではカーニバルをやるらしい

わかったのは、この街ではカーニバルをやると言うことだけだ。面白い顔をした人形がたくさん置かれている。とまあ、そんな発見をしている間に時間は刻々と迫っているので、駅前のレストランに入ることにした。そのレストランでもギリシア料理はありそうだ。

店に入ると、どうやらガランとしているから、あまり待つことはないだろうと思ったが、ウェイターがなかなか来ない。わかってきた。そう言う時間の流れ方なのだ、この街は。こんなところで焦りたくない、と言う思いと、なんとか間に合いたいと言う気持ちがぶつかる。

そんなこんなで中に入ると、早くできそうな食べ物を頼むことにした。そうすると必然的に、ギリシア風焼き鳥のスヴラキということになる。焼けばいいのだから早そうだし、その上、ギリシア料理である。私たちは用意されたテーブルにつき、ほぼ全員スヴラキ、あともう一人はサラダ、という時短料理を注文した。

店の中を見回すと、あまり客はいなかったが、おばあさんが一人で食べているのが見えた。時々鳩がやってきて、テーブルに止まる。おばあさんは何食わぬ顔だ。よくみると犬もいる。どうやらこの国は動物との共生がうまいらしい。いや、うまいもへったくれもなく、そういうところなのかもしれない。

スヴラキがなかなか来なくて少々やきもきしたが、時間には間に合う。我々は鬼の形相で食事をした。スヴラキの味はかなりうまい。独特の香辛料の香りがして、肉もホクホクである。だが、あまりゆっくりはできない。

ものの十数分で食べ終えて、お会計を済ませた。すると店主らしきおじさんが言う。

「急いでるなら持ち帰りにしたのに」

その時、この国の人はとてつもなくいい人なのかもしれない、と思った。ギリシアの旅が、始まる。