今年のクリスマスは、家族で過ごすことができなかったので、とある教会に赴いた。
ちょうどクリスマスイブの夜のミサの時間である。信者ではなかった私もいて良いとのことだったので、端の方で参加させてもらった。
ミサは音楽で紡がれてゆき、この宗教は「うたう」宗教だなと感じた。それはひとえに、コミュニティ性とでも言えるものに、この宗教が立脚しているからだと思った。だが、この話がしたいわけではないので、いつか詳しく書こうと思う。
司祭の言葉で記憶に残っているものがある。
言葉、というより、話といった方がよいかもしない。それは、「我々は皆、暗闇を行く旅人だ。暗闇とは、社会不安、孤独などの外的なものだけでなく、心の闇でもある。その闇にこそ、イエスはいる。イエスは闇を恐れない。ありのままの自分を受け入れ、闇を受け入れた先に光はある」という趣旨の内容だった。
異教徒であるわたしからすると、イエスというのは少々仰々しすぎるので、暗闇の中にこそ「救い」はあると言い換えれば、咀嚼しやすい。もちろん、そのようにして咀嚼することの可否、是非は考えるべきだろうが、ここでは傍においてほしい。
だが、闇の中に「救い」がある、ということより、重要なのはきっと、「救い」は闇を恐れないということだろう。我々は誰しも「闇」の中にいるが、その「闇」に打ち勝つことが重要なのではない。「闇」を恐れず、その「闇」をたたえた「ありのままの自分」を受け入れてこそ、乗り越えることができるのである。
クリスマスというと、人々が浮き足立って、街が浮かれるイメージがある。私もそんなクリスマスの側面が好きだ。一方で、ヨーロッパなどの長く暗く寒い冬の中、ぽっと微々しくともった蝋燭の光に涙するイメージもある。これも私にとってはクリスマスの好きな部分である。
今回の司祭の言葉は、そんな暗闇の中の小さな光の話に思えた。その光とは、闇を見つめ、受け入れることだと……。
暗闇。
社会に目を転じてみても、今年は間違いなく動乱の年だった。戦争の長期化、権力にまつわるさまざまな事件、治安の悪化、加速する不況。長く続いた独裁と戦争の終結もまたあったが、先は見通せない。
私自身も、激変の年だった。そんな変化にともなう灯には、常に暗い影が付き纏った。いや、付き纏っている。
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今年の5月、私は三年間勤めた仕事を辞めた。理由は複合的なものだが、最も大きいのは、当時の仕事が自分にとって、あまりに「自分自身と関わりのない仕事」だったからだ。次も決めていなかったので、これは間違いなく冒険だった。文字通り、危険を引き受けた上での行為だったわけだ。
その後、数回に分けて、やってみたかった旅をした。インドを一周し、四国四県を回り、台湾西部を縦断し、北海道まで海路と陸路で往復し、シンガポールからハノイまで陸路で北上縦断した。逃避行がリハビリとなり、人生のヒントとなっていった。これもハタからみれば冒険である。
今年の抱負として「冒険に出る」と掲げた私にとっては、「成功」だったといえる。
現に、数々の「冒険」は私の人生を見つめ直す機会となった。それは特に、独りの旅人として、多くの出会いを重ねたことに依るものが多かった。
北海道とタイでは、昔からの友人で、それでいて当地で暮らすことを決断した人々に会いに行ったし、マレーシアやベトナムでも偶然の出会いが「世界にはこれほどまでにいろいろな人がいるのだ」ということを気づかせてくれた。各地の情景や文化風習もまた、そうだ。
「多様性」が叫ばれる時代だと言うが、多様性とは救いでもある。
人間、ある場所に根付いて生きていると、自分の周辺の単一の状況や生活などが絶対的なものに思えてきて、選択肢が自ずと狭まってしまうのだ。多様性は、そこにつねにオルタナティヴを提示する。一つの閉じた構造に風穴を開けてくれる。旅の効能の一つである。
そんな、多くの出会いの中でも、北海道に住んでいる友人のうちの一人の言葉が記憶に残っている。
「自分は精神的に滅入ってしまった時、一年間は回復しなかった。もし行き詰まっているなら、短くとも一年は休んでいいと思う。もし、可能なら、だけど」
前職で、仕事の内容が自分とあまりに乖離していることはストレスになっていた。贅沢な話だが、私は関心のないことに関わり続けるとすり減ってしまうようなのだ。また、職場環境も、お世辞にもいいとは言えなかった。そもそも、大学院修了時、「コロナ禍の就職活動」に直面して、空回りをするうちに、無気力状態になってしまったこともあった。
彼の言葉を聞いて、「自分は今、正常ではない」つまり、「自分は今、自分らしく生きることができてない」ということに気付かされた。そしてそれを認めることを私は「恐れていた」のだ。
北海道行きをしている時点で、私の貯金は赤信号に差し掛かりつつあった。
だが、加えて東南アジア縦断をしようと思ったのは、自分にとって、「行き詰まり」を解決する術が、家で寝転んでいるよりも、海外に出ることだと思ったからだった。
この決断は大きかったと思う。現に、当時の私は創作活動の一切に手がつかなかったが、今ではnoteを定期的に更新することもできている。
だが、今度は金銭面の暗雲が漂っている。「経済活動」に向かわなければならないが、腰は重たい。そんな甘えたことを言っていては破産するぞ、と思うが、今回の司祭の言葉を咀嚼しながら、それは間違ったハッパの掛け方だとも思う。以前大学院時代、調子を崩した時の二の舞になる恐れがある。自分の「弱さ」を恐れずに見つめることが必要だ。
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クリスマスイブの夜にいつも聞くラジオがある。
そこで、「人間の治癒能力はすごい。体だけでなく、心に傷を負った人も、自分の治癒能力を信じてみてもいいのではないか。もちろん、どうにもいかないこともあるけれど、案外、うまく行くかもしれない」という言葉を耳にした。
治癒能力を信じること。それは、治癒を「待つ」ことを厭わない、と言う意味でもあるかもしれない。もちろん、私のように、動き出さないといけないと言う焦りを抱えざるを得ない場合も往々にしてある。だが、無理をすればそれこそ「どうにもならない」ことになりかねない。
「待つこと」。
「暗闇」。
それは、特に現代人にとって、「恐れてしまう」ものかもしれない。
恐れずに、見つめ直す時間を取ることができれば良いと、この寒い寒いクリスマスに思った。
