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ある大学生の日常をエッセイ調にかっこつけて書く。

街がいきづく〜一度きりの出会いと懐かしい香り:赤坂−溜池−六本木〜

 

今日も例によって昼の時間を潰すべく赤坂へと向かった。日差しは強いが、サイゴンほどではない。湿気はあるがバンコクほどではない。私には今日赤坂へと向かう確固たる理由があった。それは、「街が生きている」と題した記事の中でも触れた、赤坂に出没するガーナ料理の屋台カーで昼食を食おうと思ったからだった。

ガーナ料理とは一体どんなものなのだろう。ガーナといえば西アフリカ。その辺りの料理ならかつてセネガル料理を食べたことがある。確かあれは吉祥寺の店だったが、なかなかうまかった。クスクスにピーナッツバター風味のカレーみたいなやつがかかっていて……などと思いながら、照りつける日差しの中、大通りをワクワクしながら歩いた。水を持っていなかったので、喉が渇いたが、そんなことは関係ない。とにかく、ガーナ料理だ。足早に歩いて行く。ところがだ。いつまでたってもあの屋台カーが見当たらない。あれを最後に見たのは二週間前の金曜日。曜日単位で動くなら、今日も止まっているはずだ。それなのに、いない。

くまなく探したが、やはり見当たらなかった。そうか。出会いは一度きりなのだ。偶然という運命に動かされる私たちの人生で、一度きりではない出会いなんてない。もちろん、偶然の重なりはあるし、やけにかぶって出会う人というのは確かに存在する。だが、あのような屋台カーとの出会いは、やっぱり、一度きりなのだ。く。やらかした。出会いをなめていたようだ。前回通りかかった時はもうすでに昼食を済ませた後だったから気乗りがしなかったけど、運命は非常にも、私たちの出会いを一度きりと決めていたのか……などとくだらないことを考えつつ、ちょっとがっかりしながらファミリーマートで水を買い、私はもっと現実的な問題について考えることにした。その問題とは、人類共通の問題。「さあ、今日の昼食はどうしようか」である。

赤坂で食ってばかりでも、芸がない。また牛肉麺ではおもしろくない。だけど、他にいい店があっただろうか、と考えるうちに、私の脳裏に振り払えない一つのひらめきがよぎったのだった。「知らない赤坂を探すんだ」と。「ガーナ料理に出会えなかったのは、知らない赤坂を探すためなんだ」と。そんなこんなで、気温33度の暑さの中、私は無謀な散歩へと向かった。行くあてもなく、食うあてもなく、ただ一つ、水だけを携えて。ちなみに、このときの所持金が800円であるということは秘密である。

赤坂のアパホテルやらフーターズやら中國銀行やらが立ち並ぶ大通りを私はとにかく駅とは逆方向に行く戦略をとった。そうすればきっと、知らない赤坂が現れる。その戦略は間違っていなかった。少し道をそれると、土色の建物が並び、小洒落た料亭、ハングル表記がたくさん書いてあるホステル、老舗のトンカツ屋、やっているのかやっていないのかよくわからない太麺スパゲッティの店立っている知らない界隈に行き着いたし、そこから大通りに戻ると、高層ビルが並びながらも、弁当屋などが軒を連ねている「生きた都会」が広がっていた。

 

途中で気づいたのだが、実はそれはもはや「知らない赤坂」ではなく、「溜池山王」だった。雰囲気もだいぶ違っていて、赤坂の「生きている」感じというよりむしろ、開発された場所に人々が「息づいている」感じがあった。どことなく、海外の街に来たような雰囲気もある。

高速道路が走る高架橋の下を通る別の大通りと今まで歩いてきた大通りとがぶつかって十字路になるところまで来た時、ハッとした。なぜなら、その場所は私の知っている場所だからだ。「知らない赤坂」を探した結果、赤坂から離れた上に、「知っていた」場所に来たのである。そこは、高速道路沿いの道を右に行けば六本木、左に行けば日比谷・丸の内へと繋がる場所だった。それは私が高校卒業の年に来たところだった。

私は訳あって(という謎めいた言い方をしなくても、要するに推薦入試だったので)人よりも大学に早く受かってしまっていた。そのため、一月二月三月とかなり暇をもてあそんでいた。その時、私は美術館に通うようになっていたのだ。その中でも、興味のある特別展を何個かやっていたのが、六本木からほど近い乃木坂にある「国立新美術館」だった。美術館に行った帰り、私はよく散歩をしたものだった。渋谷まで行ったこともあったし、六本木ヒルズの方まで行ったこともあったが、日比谷に行くこともあった。その時通ったのが、この道だったのだ。六本木方面から進んで行くと、急な坂があり、その坂を登ったら日比谷。そんな日比谷へと至る坂道が、私の左に見えた。こう繋がっていたのか。たしか新美術館から赤坂方面に行こうと思ったこともあったのだが、あの時は遠いような気がして断念していた。でも、実はこんなにも近かったのだ。

私は感慨に耽りながら、針路を右に向けた。日比谷もいいが、食事場所は少ない。奈良六本木方面の方がいい。かつてここを歩いた時、ネパール料理やらエジプト料理やら妙ちきりんなものがたくさんあった記憶がある(残念なことに、ネパール料理もエジプト料理も最近じゃ、見知ったものになってしまった。高校生の時分、「なんだこれは!」と目を輝かした自分が懐かしい)。行ってみよう。

と行ったのはいいのだが、重要なことを忘れていた。そう、私の所持金は今、800円なのだ。ネパール料理もインド料理も1000円はするのだ。といっても、ワンコインランチの店に行く気には、なぜだかならなかった。これはという店がないまま歩き続け、軽い熱中症になりかけては水を飲み、回復させながら、進んだ。

すると、ふと「ドイツソーセージ」の店を見つけた。ホットドッグなら650円だという。悪くない。私はすーっと、その店へと足を踏み入れた。

 

そこは、ドイツ式の軽食屋Imbisだった。決してお洒落とは言えない店構え、決してお洒落とは言えない内装、そしてやけに清潔な感じ。それはまさにドイツの店だった。伝わるかわからないのを承知で言うと、日本のカメラ屋さんが一番近い。今ではあまり使わなくなったが、フィルムの現像とかをしてくれるような店である。

店員は二人。働いているのは実質一人。ドイツ人と思しき、がっしりした体つきのお兄さんだった。彼はなぜか小声で、

「いらっしゃいませ」と言った。私はホットドッグランチをお願いしますと答える。なにやら選べるとのことだったので、お勧めを聞いて、それに従うことにした。

「サラダはなにになさいますか?」というので、私はザウアークラウト、つまり酢漬けのキャベツを食べることにした。

実は、6歳の時、私はドイツのベルリンに住んでいた。人格形成において、案外一番大事かもしれない幼稚園年長時代である。おかげで、ドイツ語の発音は客観的に見てやけにいいし、カルチャーショックをあまり受けない人間に育った。一方で、弊害は、ドイツが余りすぎではなくなったことだ。それは、ドイツで何か嫌な思い出があったわけではない。単純に、「ドイツ=ダサい」というイメージが染み付いてしまったのである。大学に入るとドイツ語を選択する人も出てきて、ドイツをかっこいいと言っているが、どうも解せない。ドイツ語の発音は、ハキハキやれば軍隊だし、普通にやれば田舎臭い。料理もジャガイモ、ソーセージとハム、酢漬けのキャベツ、豚肉を煮たやつと、かなり原始的である。そのなにがかっこいいというのか。要するに、田舎で育った人が、田舎に対して、「おらこんな村嫌だ」と思うのと同じ感じで、ドイツが好きではなくなってしまったのだ。

そんな私が今、なぜか思いつきで入ったインビスにいる。そして不思議と、その無機質でムダに清潔感のある店内を眺めていると、懐かしい気持ちになってくるのだ。しばらくしてやってきたホットドッグは、本場ドイツとは違って日本人向けのミニサイズだったし、熱々だった(奴らは基本的に猫舌なので、あまり熱々は食べない)が、食べてみるとどことなく懐かしかった。ザウアークラウトも、酸味には欠ける(本場のはものすごくすっぱい)が、ちょっと気持ちが落ち着く香りだった。なぜだか、またドイツに行きたいと思う自分がいることに私は気づいた。

気持ちを振り払うように、私は「ごちそうさま」と言って、店を出た。お腹いっぱいにはなれなかったが、あの懐かしい雰囲気に触れられたので良しとしよう。普段は外国の方が経営している外国料理の店では、できるだけその国の言葉でありがとうというようにしているが、なぜか今回は恥ずかしくて「Danke」と言えなかった。また今度来たら、言ってやろうと思う。

ちなみに、次の旅では、ドイツにはいかない。

f:id:LeFlaneur:20170715000628j:plainこれが私の知らない赤坂