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旅、映画、食べ物、哲学?

η νέα Αθήνα〜ヨーロッパの祖にしてヨーロッパならざる場所〜

アゴラをあとにした後、私たちが入ってみた教会は今までに見たことのない風情であった。正教会というと、私は二度目になるが、事実上初めてと言えるだろう。というのも、以前中に入ってみたモスクワの聖ヴァシリー大聖堂は、中に部屋がたくさんあって、正直よくわからなかったからである。それに、この大聖堂は、教会ではなく、博物館という位置付けになっていた。その点、初めて訪れた名も知らぬアゴラのそばの教会は、市民が訪れるごく普通の教会だった。しかし中身は、やはりカトリックとも、プロテスタントとも違う。モスクワにいた友人曰く、ロシア正教とも違うという。

薄暗い部屋には椅子が並べられ、その椅子を取り囲むように、いたるところにたくさんのイコンが置かれている。パチパチと音を立てる線香が燃えていて、独特の香りがする。信徒は、この聖堂に入ると、まず、火の付いていない線香で、イコンの上に十字を切る。それからイコンに描かれた人物の足元にキスをする。これをすべてのイコンに対して行うのである。非常に独特な光景だ。しかも聖堂の薄暗さ、線香の香り、ろうそくの明かりが独特さを増進する。それは幻想的であり、神秘的であり、行って仕舞えば、(信者の方には申し訳ないが)若干のおどろおどろしさすら感じさせる。

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名も知らぬ正教会

 

しばらくそこで場の空気を吸った後、私たちは外に出た。外には土産物屋が並んでいる。なぜかビザンツ帝国の旗とEUの旗が並べられているという、ひょっとすると何かのメッセージ性があるのかもしれない(たぶんないけど)店もあった。そんな店々を横目に進めば、ちょっとした広場に出る。ちょっとしたといはいうが、かなり人がいて、ごった返しており、観光の要所となっているようだ。駅があるから、人が集まるのだろう。私はそこで念願の両替を済ませた。

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ビザンツ帝国EU

一休みしたら、行動開始だ。今朝のトラウマ(前々回の記事参照)で地下鉄を使いたくない私たちは、観光の要所であるこのモナスティラキ広場からホテルまで歩いて行けるのではないかという仮説を立てた。仮説ときたら、次は実証である。どれくらいの遠さなのだろうか。

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モナスティラキ広場

 

人だらけの広場を抜け、一本の大きな道を歩く。ゴミゴミとしているが、一国の首都らしい風格があり、ホテル周辺のガサついた感じはない。人が生きている場所、という感じで、歩いていて気持ちが良い。ケバブショップ、ギロスショップ、よくわからないヘルシージュースショップ、スーパーが並んでいる。

しばらく歩くと、小さな祠のようなものがあった。これは正教会寺院の一種であり、翌々日にソフィアに行った時も目にしたので、正教会独特の風習らしい。要するに、非常に小さな教会が街の中に突如出現するのである。中に入ってみると、掃除中だったようで、洗剤の匂いで充満していたが、まぎれもない教会であり、ささやかなイコンに祈りを捧げる人もいた。ギリシアでは正教会と生活が非常に密接に結びついているようだ。日本にも街中に稲荷神社や地蔵があったりするが、ここまで熱心に祈る人はそんなにいないと思う。

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小さな教会(翌日撮影)

 

祠を出て、更に通りを進むと、右手に大きな市場が現れた。アテネ中央市場である。実は、このルートをとったのはここに来てみたかったから、という理由もあった。市場は旅先でまず行くべきスポットだ。なぜなら、食はそこの文化と風習を表すからである。台所に触れなければ、その国はわからないだろう。もちろん、逆もまた真なりとはいかないのだが。

アテネ中央市場に入ると、まず目に飛び込んでくるのは魚市場だ。のけぞった魚がたくさん陳列されており、中は青臭さで充満している。売り子のおじさんがガラガラ声で何かを叫び、買い物中の奥さまやおじさんが品物を見ている。アジアの市場にあって、ヨーロッパの市場ではなくなりつつあるものがここにはある。それはこの魚の匂いである。私はテンションが上がってきた(メンバーの中にはテンションが下がってきた人もいたので申し訳なかった)。

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魚市場

魚市場を抜けると、肉市場の登場だ。肉市場では、羊、豚がまるまると売られ、牛なども並べられていた。肉屋のおじさんは、魚屋よりも愛想が良くて、こっちを見ては、

「ニーハオ!」と言ってくる。

「こんにちは! アイ・アム・ジャパニーズ」と返すと、少し驚いたように笑っていた。

そんな肉市場の中には食堂があって、実はNHKの番組で紹介されていた。ここでは、ミックス臓物スープが有名らしく、かなり美味しそうであった。時間はもう昼時ではないのを承知しつつ、私は食べてみたい欲にかられ、結局、この店に入ってみることにした。

店に入ると、テレビに出ていたおばちゃんがやってきて、何やら説明をしてくれた。それも流暢な英語で、である。ギリシア人は英語がうまい。だが、何を頼んだのかはあいにく思い出せない。とにかく、何種類かスープを頼み、その中には、臓物スープもあった。味は非常に旨かった。五臓六腑に染み渡るとはこのことだ。さすが、五臓六腑を使っているだけある。しかし、テレビで見たものとは違ったから、いつかギリシア再訪のおりにリベンジと行くことになるだろう。

「エフハリストー(ありがとう)」とおばちゃんと店員に告げて外に出ると、

「パラカロー(どういたしまして)」とおばちゃんは嬉しそうに返してくれた。この店、もっと早く気付いていれば常連になれたのにな、と少し残念に思った。

 

市場を出て、古代アテナイの有力政治家にして黄金時代の演出家ペリクレスの像を横目に少し歩くと、もう、我々の最寄駅オモニア広場のそばにたどり着いた。要するに、地下鉄なんぞ乗る必要がなかったのだ。アテネに行くときは、地下鉄を使わずに歩けばいい。歩いて歩けない距離ではない。これが、私たちが身をもって体得した教訓であった。教訓を胸に、スーパーで夜の酒盛り(私以外のメンバーは翌日には帰国予定である)のための買い出しをし、ホテルに戻った。

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ペリクレス

夕飯は、どうするべきか。それは一択しかなかった。昨日行き逃した店に行くことだ。フロントのお兄ちゃんの箴言「グーグルマップを見よ」という言葉を胸に刻み込み、「求めよ、さすれば与えられん」の期待を持って。私たちはあまり日が暮れないうちに、昨日登ったホテルのそばの急な坂をもう一度登った。

 

さすがに、もう迷わなかった。ストリートビューで見た目まで確認したからである。ずいぶんと隠れ家的な雰囲気なので、見つけるのは難しいはずである。だが、兎にも角にも、薬パーの罠にかからず、私たちは目的地にたどり着いた。今回はさしたる冒険もなかった。

その「アマ・ラヒ」という名前のレストランは、人気店らしく、かなり混んでいた。おしゃれな雰囲気なので、たぶん、ギリシア伝統料理を現代風にアレンジする類の店だろう。店内には別の日本人客もいたが、彼らはおそらくギリシアで仕事をしている人、身なりの良さから、もしかすると外交官かもしれない。

席に着き、メニューを開くと、メニューにはこんな文言があった。「ギリシアでは料理をシェアするのが文化です。料理をシェアすることでコミュニケーションを豊かにするために、です」そうか。だから、昨日の店でもテーブルの真ん中に食べ物が置かれたのか。ヨーロッパではあまりシェアの文化がないものだから、それは思い当たらなかった。ギリシアは、市場の様子といい、ヨーロッパの祖にしてヨーロッパならざる場所なのだな、と感じた。

ムサカはあるだろうか、と聞いてみたらなかったので、肉の串焼き以下数種類の料理とワインのボトルを頼んだ。ワインのボトルなど日本では頼まないが、七人でシェアすると、悪くない値段になるから、やめられない。

料理は抜群に旨かった。ワインとの相性も良い。何を食べたのか、それは正直思い出せない。肉の串焼きだけが印象的だったが、他のものも、とても旨かったことは確かである。調子に乗って、最後はコーヒーで締めた(ギリシアコーヒーはなかった)。

 

かくて、アテネでの1日が終わった。翌日の朝、7人のうち5人は帰国し、夕方にはもう1人が帰国、私は夜のバスでブルガリアはソフィアに行くことになっていた。三部構成となる旅の第一部が終わろうとしていた。