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旅、映画、食べ物、哲学?

ヒッポドロームのおじさん

イスタンブル旧市街のど真ん中に、スルタンアフメット地区はある。

泣く子も黙るアヤソフィアにブルーモスクといった「イスタンブルといえばコレ」的な観光地の数々に取り囲まれて、ヒッポドロームという広場がある。この広場がスルタンアフメット地区の中心部と言えると思う。

実はこの広場の名前である「ヒッポドローム」とはフランス語(hippodrome。本当はイッポドロームと発音するはずだ)で「競馬場」という意味なのだが、かつては競馬場であった。イスタンブルで「かつて」という言葉を使うのは、京都で「先の戦争」という時なみの(いやそれ以上の)覚悟が必要なのだが、この場合は1500年ほど前である。東ローマ帝国ビザンツ帝国)の首都だったこの街で、市民たちが日々の憂さを晴らしにやってきた競馬場こそ、この広場。歴史が深い街ともなると、何千年とランドマークがあまり変わらないことがある。

その、ヒッポドロームはかつて帝国市民が集い、時に皇帝に反対する暴動の出火元となった場所だった。つまり、時の皇帝は、ヒッポドロームはちょっと緊張感を持って、赴かなければいけない場所だった、と想像される。ちなみに、現代のヒッポドロームでちょっと緊張感を持たざるを得なくなるのは、他でもない私たち日本人観光客だ。

 

ヒッポドロームの近くにある地下神殿の前を友人と歩いていたら、近くにいたおじさんがこれ見よがしに特徴的なだみ声を上げた。

「これってもしかして東京オリンピックのエンブレムかなあ」

もちろん、日本語である。今時舞台演劇でもこんなにこれ見よがしの独り言を言うことはないだろう。面白すぎたので、ちょっと笑ってしまう。すると、その機に乗じておじさんが近づいてくる。

「日本人?ほら見て、これ東京オリンピックのバッジ」

と見せてくる。間違いない、商談が始まる。

私はイスタンブルは二度目だったから、大体察しはつく。この手のおじさんはヒッポドローム界隈にたくさんいる。この後色々と話しかけてきて、そのまま工芸品系の店へゆき、セールストークが始まる。それで特に危険な目にはまだ会ったことがないし、話を聞くのは貴重なことでもあるし、大体バックパックしか持っていない私は何か買おうという気が1ミリもないので回避もできるのだが、芝居がかっていて結構長いから疲れてしまう。だから、こちらとしてはこのおじさんがどこまで面白いおじさんなのかを見極めるほかない。

イスタンブルは初めて?」とおじさん。二度目だと言うと、

「だからイェレバタン・サラユ(地下神殿)のことも知ってたんだね」と言う。なんだ、でかい独り言の前から私たちをマークして会話を聞いてたんじゃないか。

「お土産は買った?」ほら始まった。まだだ、と言うと、

「バザールはダメだよ。あそこは質が悪い」と言う。このセリフ、何度聞いたことだろう。おそらく正しいのだが、あまり言われるとへそまがり根性が鎌首を持ち上げそうになる。

「絨毯はもう見た?」とおじさんは聞く。絨毯はあいにく、前回の滞在でこの手のおじさん、ヒッポドロームにたむろするおじさんに連れられ、色々と知見を得た。だから、いらない、という素振りを見せると、

トルコ石は?」という。正直トルコ石の色は嫌いじゃない。話だけ聞いて帰えるチャンスかもしれないので、それなりの反応をする。

「知り合いがトルコ石の店をやってる。彼は日本に留学してたから日本語が話せる」という。なるほど、と思っていると、仕込んでいたかのように若い男性がやってくる。そうこの若い男性こそ、日本語が話せる知り合いである。

 

とまあ、そう言う感じで、おじさんは退場し、青年への私たちは引き渡された。青年はこちらが一言も言っていないにも関わらず、

「日本人はすぐにお金がないから買えないって言う。そう言うの嫌い。だって、お金なかったらトルコ旅行なんてしない」

ステレオタイプな批判をしている。一理あるような、ないような話である。まず旅行をする場合、飛行機代とホテル代、食費がかかる。旅行をする以上はいろいろなところへの入場料も確保する人がほとんどだ。お土産は二の次三の次、必要経費がいなのだから、その経費がないから、買えない、と言うパターンはあると思うし、私自身は割とそう言う感じでやっている。総資産云々とはあまり関係のない話なのである。だが、私含めて、そう言う話をされると、なんとなく自分が悪いことをしているような気になって恐縮してしまうから難しい。

お兄さんはああだこうだと喋り続け、私たちは彼の父が経営すると言う宝石店へと行く。

「チャイ?アップルティー?」とお兄さんが尋ねる。トルコでは商談の際にアップルティーを飲む、とかつて連れたゆかれた絨毯屋で聞かされた。こう言った文化をのぞくことができるのは面白いが、私はチャイの方が好きなのでチャイを頼んだ。

ちなみに、チャイといってもインド式のロイヤルミルクティーにスパイスが入ったものではない。お湯で煮出したストレートティーに角砂糖はとにかくたくさん入れて飲むのがトルコ式である。こいつのせいで、私は一時期砂糖中毒になっていたように思う。

チャイを飲みながら、商談のスタートだ。

トルコ石には、トルコ産のものと、トルコ産以外のものがある。トルコ産のものは珍しいが、質がいいのだよ」とお兄さんの父親が、英語で説明する。トルコ石の原産はイランの方だと聞いたこともあるが、正直わからない。ひょっとするとトルコ産の方がいいのかもしれない。商品を購入する前の前説は間違った情報は言っていないと思うのだが……。

店主はずらりとトルコ石を見せてくれる。イメージしていたちょっとくすんだトルコブルーというよりも、鮮やかで繊細な色をしている。騙されてはいけない。今見せてくれているのは結構高いやつのはずである。

いろいろ聞いていると、どうやら、石の値段だけでなく、そこに指輪だったり、ネックレスの鎖だったりの値段が加算されていく方式のようだ。逆にいえば、石だけ買えば石だけの値段になる。だが、そんな選択はおそらく許されない。

一通りトルコ石について学んだので、私は「まあいいかな」という顔をして店を後にすることにした。学生風情なので、それでも大概許される。代わりにベリーダンスが見られるフェリーの券を買わされそうになったが、正直私はロカンタ(大衆食堂)で夕飯が食べたい。

「どこに泊まっているんだい?」

と店主が聞くので、新市街の「ガラタ地区」だと言うと、

「綺麗なところだね。でも治安が悪いから気をつけるといい」

と言う。おそらくそれは正しいのだろう。だが、日本語で捲し立てるおじさんに絡まれることはない。いや、日本語で捲し立てるおじさんがいるくらいがちょうどいいのか。トルコの治安はわからない。

 

ヒッポドロームでおじさんに絡まれた話はここでひと段落する(本当は別のおじさんに絡まれているのだが、その話は別件なのでここではやめておこう)。「ひと段落」と言う言い方をしたのはなぜか。そう。「五輪バッジ」おじさんは、私たちの滞在中、また登場したのである。

翌日(だったはず)、イスタンブル(スィルケジ)駅に用があり、駅に向かってヒッポドロームのあたりを歩いていると、例のおじさんがいる。

おじさんはこちらに気づくと、例のだみ声で声をかけてきた。捕まっちまったよ、と思いながら私たちはおじさんの近くで足を止める。

トルコ石どうだった?」と聞く。おそらく、成果がなかったことはお兄さんから聞いているはずだ。きっと、結託している以上は何かそう言ったつながりがあるはずなのだから。買わなかったよ、というと、

「それもいいと思う。絨毯は?」とさらに絨毯を進めてくる。だが今回はこっちが上手だ。なぜか。駅で用事があるからだ。

「ちょっとこれから駅でセマー(トルコのイスラームの求道者(スーフィー)が修行として行う旋回踊り)を見にいくから」と私たちは足早に立ち去った。

「楽しんで」とおじさんは言う。完全に悪い人ではないのである。

 

ここで、おじさんとの物語は終わるはずだった。

実は、おじさんとの邂逅はここで第三章に突入する。またも、出会う。

それは滞在日もそろそろ終わりとなる日のこと。古本屋街に行くために、バザール方面へとヒッポドローム近くの坂道を登っていたら、おじさんがいた。今度は仲間とタバコを吸っていた。あまりに面白いので、私はこちらから、

「メルハバ(こんにちは)」と声をかけた。

おじさんは明らかに狼狽していた。見かけるはずのない人を見かけたような顔だった。

「まだいたの!?」とおじさんはだみ声で言う。おいおい、まだいたらだめなのか、と思いつつ、

「まだいました。よく会いますね」と返した。

おじさんは次に出す言葉を思いついていないようで、困った表情をしていたので、

「ホシュチャカル(じゃあね)」と私たちは古本屋へと向かった。

「ギュレギュレ(バイバイ)」とおじさんは言う。ひょっとして、セールスの時は無理しているけど、本当はシャイなのかもしれない。そう思うと可愛げがある。

 

トプカプ宮殿を歩いていたら、警備員に声をかけられたことがある。別に悪いことをしたわけじゃない。単に、警備員のおじさんが当時イスタンブルで活躍していたサッカーの香川真司選手を褒め称えたかっただけである。その時、「スルタンアフメット地区は日本人目当ての悪いトルコ人が声をかけようと待ち構えているから注意しな」と言っていた。

だみ声の五輪バッジおじさんもその一人である。だが、私たちがちょっと長く滞在したために、おじさんとしては2、3日イスタンブルにいる、一生に一度くらいしか会わない日本人観光客だった私たちと三度も出くわすことになり、最後にはどうしたらいいかわからない感じになっていた。おかげで、こちらとしては、そう言うおじさんの人間味のようなものを垣間見た気がする。イスタンブルは面白い街である。

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ヒッポドローム。おじさんたちがいるのは大体このアングルよりも後ろの方、
路面電車の駅の近くだ。